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2018.06.14 (木) 印刷する

「休戦協定から平和条約へ」で覚悟すべきこと 黒澤聖二(国基研事務局長)

 6月12日、シンガポールで史上初の米朝首脳会談が行われ共同声明が発表された。米国の焦点は、北朝鮮の「完全かつ検証可能で不可逆な非核化」(CVID)だったが、声明は「板門店宣言を再確認し」「完全な非核化に取り組む」というだけの具体性に乏しい内容だった。
 一方、北朝鮮は体制の保証を求め、結果、「恒久的で安定的な平和体制の構築」との文言を得た。そして「新たな米朝関係の確立」という表現も盛り込まれた。これは朝鮮戦争の休戦協定を平和条約にするという意味を持つのか、声明の内容は疑問だらけだが、そもそも休戦協定とは何なのかを概観し、国際法上の観点から見てみたい。

 ●休戦協定は軍レベルの同意
 まず国際法上、休戦(armisticeもしくはtruce)とは一般に次のように定義される。
 1907年の「陸戦の法規慣例に関する規則」(ハーグ陸戦規則)によれば、休戦とは「作戦動作の停止」(36条)であり、交戦当事者の合意した期間中、積極的な敵対行為を停止する意味で用いられてきた。また休戦には「全般的と部分的の休戦」(37条)があり、全般的休戦は、通常それに続く平和条約の交渉を目指すものとされてきた。
 1950年6月に始まった朝鮮戦争については、国連安全保障理事会が北朝鮮を侵略者と認定し、北朝鮮を排撃するため韓国を援助する決定をした。これを受け、国連加盟国が提供する軍隊及び各種援助に関する統一指揮権(unified command)を米国政府の下におき、米国が指揮官を指名し、国連旗を使用することなどが定められた。
 したがって、このような形で出発した朝鮮国連軍は、国連が直接設置したものではなかったが、16カ国が最大70万人以上の兵力を提供する大規模な部隊となった。
 だが、戦況は、中国が義勇軍の名で事実上参戦したことにより、一進一退となり開戦時とあまり変わらない38度線付近で戦闘が膠着状態となり、勝利なき休戦となった。このとき、紛争当事者(韓国軍は除く)が1953年7月に締結したのが朝鮮休戦協定である。
 協定の正式名称「朝鮮における軍事休戦に関する一方国際連合軍総司令官と他方朝鮮人民軍最高司令官および中国人民志願軍司令員との間の協定」からも分かるように、朝鮮休戦協定は現地軍指揮官の署名による軍レベルの同意である。

 ●平和条約は国家レベルの合意
 休戦協定の締結後も、北朝鮮軍は韓国軍と数度の小競り合いを引き起こすが、国連軍との衝突は生起しなかった。実質的な紛争状態は終了しており、「最終的な平和解決(final peaceful settlement)」(協定前文)が期待されたものの、平和条約は締結されないままだった。その間に、北朝鮮はじわじわと核戦力を開発することになる。
 他方、中東では1949年、イスラエルとアラブ4カ国が第1次中東戦争の終わりに休戦協定を締結し、その後イスラエルは数度の紛争を経た後、1978年にエジプトと和平合意を、1994年にはヨルダンと平和条約を締結し、米国から多額の経済援助を得た。また、インドシナ半島でも1973年にヴェトナム和平協定が締結され、その後の経済発展は目覚ましい。
 このように、休戦協定は紛争当事者の軍レベルの戦争状態の停止を意味するのに対し、平和条約は国家レベルの合意であり、法的な意味で戦争状態を終結させるものだ。その後、合意された条件に従って、戦後処理が行われるのが一般的な流れとなる。
 その結果、国交が正常化され、経済支援も得られる。したがって、北朝鮮にとって平和条約は大きな利益をもたらすし、米国大統領にとっても中間選挙前の外交上の手柄となる。よって、共同声明にある「平和体制の構築」や「新たな米朝関係」も、この平和条約を暗示しているように思われる。
 他方、北朝鮮の完全非核化には長い時間と多額の費用を要する上に、これまでの経緯から、核関連施設の廃棄にあたっては偽装工作も疑われる。トランプ大統領は6月12日の記者会見で、「非核化の費用は韓国と日本が支払う」と述べた。つまり、わが国は疑念が払しょくされるまで、非核化の費用を工面しつづけることになる。その間も半島からの核攻撃の可能性という大きなリスクにさらされる状態は変わらない。

 ●国連軍撤退で起こりうること
 上記のトランプ会見では、米韓軍事演習の中止に加え、在韓米軍の縮小、撤退の可能性にまで言及するなど北朝鮮に対して極めて宥和的な姿勢が打ち出された。このまま平和条約が締結されると、紛争当事者の一方、朝鮮国連軍は「お役御免」になる公算が大きい。
 わが国には、朝鮮戦争の国連軍地位協定に基づき、横田基地に後方司令部が置かれている。外務省資料によると司令官の豪空軍大佐以下常駐者は数名である。同地位協定は24条で、朝鮮半島から国連軍撤退後90日以内にわが国から撤退すると規定している。したがって、平和条約の締結は、板門店の軍事境界線のほか横田基地などから国連旗が降ろされることを意味する。
 現在、国連軍としてわが国と地位協定を結んでいる国は、米国はじめ英豪仏加など10カ国であり、極東における多国間の後方支援プラットフォームとしての意義は小さくない。わが国は今後、在韓米軍の縮小や国連軍の撤退を想定し、東アジアの安全保障を重層的に担保する方策を検討する必要がある。