「地経学時代からみる21世紀の世界と日本」と題したシンポジウムが7月31日、都内で日本国際フォーラム共催の下、開かれた。基調講演を行ったのは米外交問題評議会上級研究員のロバート・ブラックウィル氏で駐インド大使の経験もある。
氏の近著に、『他の手段による戦争(War by Other Means)』があるが、中国による経済力を使ったグローバルな版図拡大の実態を描いたものだ。
地経学(Geo-economics)とは聞き慣れない言葉であるが「経済的手段を行使して地政学的な目的を達成すること」だとブラックウィル氏は定義した。具体例としては中国が推進する「一帯一路」構想や、韓国の「終末高高度防衛ミサイル」(THAAD)配備に対する中国による韓国製品の不買運動・観光客締め出し、さらには戦略的要衝(チョークポイント)として獲得したスリランカのハンバントタ港の長期租借などを挙げていた。
●「地経学」の次は「地心学」
ブラックウィル氏とは、嘗て海外でのセミナーで一緒になり、彼もそれを覚えていた。筆者は力(Mighty)を手段とする地政学、経済(Money)を行使する地経学以外に、心(Mind)に浸透する地心学(Geo-psychologic)的アプローチも中国はとっているとして、孔子学院の例や、豪・ニュージーランドにおける活発な親中派議員づくりを指摘した。
ブラックウィル氏自身は「孔子学院について十分なデータを持っていない」としていたが、これについては、パネリストとして同席していたフランスやオーストラリアの学者から筆者に賛同する言及があった。
ブラックウィル氏はまた、「マレーシアのマハティール新首相が中国との高速鉄道計画を見直したように、中国の経済侵略に対する反動はないのか」との筆者の問いに対し、「アフリカの幾つかの国に反発が見られるが、ブラジルを含む南米7カ国、東南アジア諸国は軒並み中国の経済侵攻に侵されている」と答えた。
●新たなルール作りは可能か
一方、やはりパネリストの一人、同志社大学の寺田貴教授は、例として2010年の尖閣での中国漁船船長拿捕後に中国が行ったレアアースの対日輸出制限、劉暁波氏にノーベル賞を授与した報復としてのノルウェー産サーモンの輸入制限等を挙げていた。
自由貿易体制によって最も恩恵を受けたはずの中国が、その相互依存を逆手にとって自国の政治目的達成に利用している。
解決策として寺田教授は、東アジア地域包括的経済連携(RCEP)のような多国間協定に知的財産保護のようなルールを入れて、それに中国を従わせるとしていたが、中国が応じるかどうかは疑問である。
全般的にブラックウィル氏が、中国は自国の経済モデルを拡大しながら米国の軍事的プレゼンスの低下を目論んでいると指摘していたのに対し、他の日本の経済学者は米中貿易摩擦を中心として地経学を語っており、議論は噛み合っていないような印象を受けた。