公益財団法人 国家基本問題研究所
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国基研ろんだん

2019.04.09 (火) 印刷する

先端技術開発巡る日本のお寒い現状 奈良林直(東京工業大学特任教授)

 2015年に中国の習近平主席が「コア技術は日本に頼るな。自力更生しろ」と号令をかけ、「中国製造2025」を発布した。そして今や中国は、半導体、スーパーコンピューター、人工知能(AI)、宇宙開発、次世代通信規格(5G)、そして原子力発電の分野など、ある部分ではわが国を抜き去り、米国と熾烈な技術開発競争を繰り広げるに至っている。
 日本の民主党政権下で当時の蓮舫行政刷新担当相が、スパコンの予算仕分けにあたり、「2位ではなぜいけないのか!」と金切り声で予算の大幅削減を決めたことがあった。そのころ中国はスパコン開発に猛烈に注力し、日本を凌いで世界1位に躍り出た。
 世界の注文は、当然ながら世界一の性能のスパコンに殺到する。かくしてわが国のスパコンは大きく引き離されてしまった。国際的技術開発競争とはかくも熾烈で、油断できないものである。2018年12月時点で、世界のスパコン上位500システム(TOP500)の内、中国が227台、米国は109台で、わが国はたった36台に過ぎない。

 ●世界覇権狙う中国
 スパコンは、AIの基幹部分をなす。金融(株の売買)、商品製造(インダストリー4.0)、医療(DNA治療)、物流、食品、航空宇宙、変動再エネに追従する大規模給電、原発の予防保全、自動運転、高品質の音楽・映像配信、同時通訳など、あらゆる分野に活用されている。ビッグデータがスパコンで即時に分析され、生産現場にフィードバックされている。
 かつて、わが国の携帯電話市場は、シェアのほとんどを国内メーカが握り、独自の進化を遂げていた。しかし、その後スマホが急速に普及し、米アップル社からiPhoneが発売されると一気にシェアを握られ、日本製の携帯端末はガラパゴス諸島で特異な進化を遂げた希少動物にちなんでガラケーと呼ばれるようになった。
 米調査会社のIDC が発表した2018年における全世界のスマホ出荷台数シェアによると、1位は韓国のサムスン(20.8%)、2位はアップル(14.9%)だが、3位に中国のファーウェイ(14.7%)が付け、猛追している。わが国はスマホに使う部品メーカに甘んじている。
 欧米にとってファーウェイの躍進は国家安全保障上の脅威となる。5Gでも先行しており、関連特許の10%は既にファーウェイが獲得済みだ。5Gは超高速大容量かつ超大量接続・超低遅延の通信網を実現する。コスト面でも優位に立つファーウェイの5G通信基地が世界を席巻するようになれば、その国の動きは100%中国に捕捉されてしまう懸念がある。欧米でファーウェイ製品を政府調達から閉め出す動きが見られるのはそのためだ。

 ●政治も経済も危機感欠く
 次世代スパコンの本命とされる超並列の量子コンピュータや人工衛星を使った量子通信(傍受や解読不能)でも中国がトップに踊り出ている。人間の脳は毎秒100兆個の指令を全身に送っている。フィギュアスケートの羽生結弦選手の美しい演技は、脳が全身の筋肉に毎秒100兆個の演技指令を送るからできている。
 地球上に存在する多くのロボットで、羽生選手の演技ができるロボットはいないが、その脳の超並列同時指令の働きに限りなく近いスパコンと通信が地球規模で構築されようとしている。当然、軍事力も飛躍的に強まり、数万のドローン兵器が戦場に繰り出すといったSFのような悪夢が現実になる。
 5G通信に続く量子通信と量子コンピューターにより膨大な数の迎撃ミサイルを放ち、何十発もの自国の核ミサイルを極超音速で複数の標的にAI技術で誘導・命中させることが可能になってきている。
 トランプ大統領は2月の一般教書演説で「将来の最先端産業への投資」を含むインフラ整備で議会と連携する意向を表明した。大統領は、「これは選択肢ではない。必要不可欠なものだ」と述べ、5G規格やAIなど、最先端技術で中国に覇権を握られないよう、米政府としてより包括的な取り組みを行う決意を述べたものだ。
 一方、わが国の国会では、世界が量子コンピュータでしのぎを削っている時代に、「パソコンは使えないが、スマホは使える」といった閣僚の稚拙な発言をめぐる論戦などに明け暮れている。科学技術が産業を進化させ、そしてそこから製造された製品が輸出され、わが国経済を支える。働き方改革を実現するために、AI技術を使ってどのように各省庁や企業の仕事の効率化を達成するのかというようなことを国会で議論すべきなのだ。