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2019.09.09 (月) 印刷する

中国のウクライナの航空エンジン会社買収の真相 グレンコ・アンドリー(ウクライナ出身の国際政治学者)

 最近、ウクライナの航空エンジンメーカーが中国国有の航空エンジン開発・製造企業グループ「中国航発」の子会社による買収攻勢にさらされ、注目されている。ウクライナの「モトール・シーチ(Motor Sich)」で、飛行機やヘリコプター用のエンジンを供給する大企業である。品質が良いとされ、世界的に需要がある。主な市場はロシアやアジア諸国である。
 数年前から「モトール・シーチ」のエンジン技術に中国航発が興味を示し、2015年から両企業の技術協力が始まった。協力は次第に強化され、本年、中国航発は「モトール・シーチ」株の50%を買収する所まで来た。
 しかし、中国企業は取引先の外国の企業から技術を頻繁に盗むことで有名である。だから「モトール・シーチ」からも技術が盗まれ、中国はそれを好き勝手に使うのではないか、と懸念されている。
 8月下旬、ウクライナを訪問したボルトン米大統領補佐官(国家安全保障問題担当)は記者会見で、中国企業による「モトール・シーチ」買収の可能性について、個別の企業や取引案件はウクライナの主権に関わるためコメントは控えると述べる一方、「米国内で目にしてきた中国の不公正な貿易慣行や安全保障上の脅威に対して、われわれは懸念を表明した」と語った。

 ●手出しできぬウクライナ政府
 「モトール・シーチ」が持っている技術を中国が手に入れたら、中国の軍用機の性能は格段に向上すると言われている。それについて強い懸念を示しているのはアメリカである。
 アメリカはウクライナ政府に中国との取引を慎重に進めるように促している。公式にはこの程度の表現に止まっているが、非公式に取引停止を求めていると推測されている。ボルトン氏がキエフでウクライナのゼレンスキー大統領と会談した際のメインテーマも、中国による「モトール・シーチ」の買収阻止だったとされているが、公式な発表では、この話題は出ていない。
 そもそもなぜこのような問題が起きたのか、簡潔に説明しよう。
 まずは、「ウクライナは中国にエンジンメーカーを売ろうとしている」という言い方が広まっているが、それは間違いだ。理解しておかなければならないのは、「モトール・シーチ」は民間企業だということである。
 ソ連崩壊後、ウクライナが独立した時に、多くの大型国営企業が民営化された。「モトール・シーチ」もその一つで、1990年代から民間企業となっている。そこにはオーナーがいて、そのオーナーが経営方針を決めている。中国企業との取引は、そのオーナーの意向で行われ、ウクライナ政府の意思とは関係ない。

 ●企業オーナーは「ソ連人」
 非常に残念なことではあるが、「モトール・シーチ」のオーナーは、典型的な「ソ連人」であり、ウクライナの防衛や安全保障については全く考えていない。ロシアにシンパシーを持っている人間である。だから、彼にとっては、ロシアや中国と取引をすることはごく自然なことである。
 ロシアがウクライナを攻撃し、戦争となった後、ロシアとの取引は難しくなっていたことで、2015年に中国企業が「モトール・シーチ」に興味を示した際、彼は喜んで応じたのである。それ以降、「モトール・シーチ」に中国資本が進出していった。
 それでは2015年以降、ウクライナ政府は「モトール・シーチ」への中国資本の進出を阻止できたであろうか。
 「モトール・シーチ」は民間企業である以上、取引先を選ぶ自由がある。自由主義国では、こういった分野では国家が介入しないのは原則である。なお、中国は、国際社会においては、制裁対象になっていないので、中国との取引は国際的には制限されていない。だからウクライナ政府は「モトール・シーチ」と中国航発の取引を止める法的な根拠はなかった。
 更に、中国による技術盗用問題は世界的に話題になったのは最近のことであり、中国航発の進出が進んでしまった後である。

 ●可能性薄い再国営化
 それでは、これからどうなるのか。
 株の50%の買収取引は既に行われており、後はウクライナ独占防止委員会(日本の公正取引委員会に当たる)の承認を経るだけである。しかし、独占防止委員会は取引自体を中止させる権限がない。できるのは条件を付けることだけである。例えば、製造をウクライナ国内から移転しないことなどだ。
 可能性としては、ウクライナ政府が「モトール・シーチ」を強制的に再国営化することもありうる。しかし、それはかなり強硬な手段であるので、法律に抵触しかねない。いくら安全保障のためとはいえ、所有者の意思に反して所有財産を強制的に国営化するのは非常に強引なやり方であり、国際的にも印象が悪い。
 筆者の意見では、勿論、強引な方法でも、この取引を止めるべきである。だが、ウクライナの現政権にはそこまでの根性があるかどうかは疑わしいというのが現状である。