公益財団法人 国家基本問題研究所
https://jinf.jp/

国基研ろんだん

  • HOME
  • 国基研ろんだん
  • 共同通信の拉致報道に注意せよ 西岡力(国基研企画委員兼研究員・麗澤大学客員教授)
2019.12.27 (金) 印刷する

共同通信の拉致報道に注意せよ 西岡力(国基研企画委員兼研究員・麗澤大学客員教授)

 共同通信が12月26日報じたところによると、日本政府は2014年に北朝鮮から2人の拉致被害者の生存情報を伝えられながら、政府高官が安倍晋三首相の了承を得たうえで、公表しないと決めていたという。事情を知らない国民がこの記事だけを読むと許しがたい隠蔽行為と思うだろうが、この記事にはいくつかの疑わしい点がある。
 まず2人とは、認定被害者の田中実さんと未認定被害者で在日朝鮮人の金田龍光さんで、共同通信はこれまでも繰り返し、この2人に関する生存情報を日本政府が入手していると報じてきた。今回新しい点は、日本政府の高官が安倍首相の了承の下でその情報を公開しないと決めた―という点だ。
 記事は非公開決定の理由について、匿名の政府高官の話を引用して以下のように書いている。
 <政府高官が「(2人の情報だけでは内容が少なく)国民の理解を得るのは難しい」として非公表にすると決めていた>
 <「平壌に妻子がいて帰国の意思はない」とも伝えられ、他の被害者についての新たな情報は寄せられなかった。被害者全員の帰国を求める日本政府にとって「到底納得できる話ではなく、国民の理解も得られない」(高官)と判断した>
その上で、共同の記事は田中さんの同級生から「見捨てるつもりか」という政府批判のコメントをとり、安倍政権の対応を次のように批判している。
 <2人の生存情報を日本政府が入手して5年余り。日朝交渉に進展がない中、拉致問題解決を「最重要課題」と位置付ける安倍政権が非公表を続けている判断が適切なのかどうか問われる>

 ●誰が共同にリークしたのか
 記事に書かれていない重大な事実がある。それは、北朝鮮当局が今に至るまで、公式に2人の生存情報を公にしていないということだ。北朝鮮はなぜ、この情報を公開しないのか。その理由を考察することなく、日本政府の非公開決定だけを取り上げて批判するのでは、物事の全体像は見えてこない。
 北朝鮮は新たな情報を提供するにあたっては、見返り条件を出しているはずだ。彼らが見返りなしに情報を提供することはこれまでの経緯からも、絶対にあり得ない。安倍政権は、全ての被害者の一括帰国が実現し、核ミサイル問題の解決がなされた後でなければ、国交正常化も経済協力も行わないという大原則を固守している。数人の被害者の曖昧な生存情報に対して見返りを与えることはありえない。
 交渉には様々な駆け引きや、やり取りがある。密室の中で、仮に曖昧な表現で生存情報があるかのような発言を北朝鮮側がしたとして、非公開を前提にした発言で確認も取れていない一方的な情報を日本側が公開するようなら、交渉に不利に働くことは明らかだ。
 こうした点を考慮するなら、今回の記事の問題点が自ずと浮かび上がってくる。だれが、この情報を共同通信にリークしたのかということだ。記事を読むと、北朝鮮側関係者のコメントは全く引用されておらず、日本側からだけ匿名の「政府高官」のコメントとして取り上げられている。情報源として「複数の日本政府関係者が明らかにした」とされているのも不可解だ。

 ●背後に安倍外交批判の意図も
 引用が重複するようだが、記事の冒頭部分はこうだ。
 <北朝鮮が2014年、日本が被害者に認定している田中実さん=失踪当時(28)=ら2人の「生存情報」を非公式に日本政府に伝えた際、政府高官が「(2人の情報だけでは内容が少なく)国民の理解を得るのは難しい」として非公表にすると決めていたことが26日、分かった。安倍晋三首相も了承していた。複数の日本政府関係者が明らかにした。>
 ここから分るのは、非公開決定を下した「政府高官」は安倍首相とは別人物であり、記事の情報源は「政府高官」ではなく「複数の日本政府関係者」とされていることだ。
 当時、北朝鮮との交渉は外務省が行っていた。情報を得たのも当然外務省ということになる。そう考えると、「政府高官」は外務省高官、すなわち外務大臣もしくは同省の次官、局長級以上である可能性が高まる。そして、情報をリークした「政府関係者」とは外務省の機密情報に接することができた人物たちと想定される。
 この共同報道が正しいなら、責められるべきは密室の交渉内容をマスコミにリークした「政府関係者」の存在だ。しかも、その背後には安倍外交を批判する意図すら感じられる。
 すでに昨年、当時の北村滋内閣情報官が極秘で北朝鮮の工作機関の要人とハノイで接触していたことが、米紙ワシントンポストにすっぱ抜かれている。そのときも、情報源は北朝鮮ではなく我が国政府関係者ではないかと、専門家の間でささやかれていた。

 ●北の策略に振り回されるな
 日本人拉致被害者家族会は、政府に対して、自分たちの肉親について情報があれば教えてほしいと繰り返し要請してきた。しかし、その前提は「全被害者の即時一括帰国」という大目標にさまたげにならない範囲でということだ。密室の交渉ごとをすべて明らかにできないことは、家族会もよく承知している。
 愛する肉親がどこで何をさせられているのか、知りたいと切望しつつも、政府が集めた情報が全被害者の即時一括帰国につながるというなら我慢する―と耐えているのだ。それなのに、なぜマスコミに交渉の秘密事項が日本政府内からリークされるのか。
 リーク内容が事実だとしても、北朝鮮の交渉担当者が、秘密を守れないような相手とは機微に触れる話はできないと判断して交渉が難航することだって起こりうる。その場合の責任は一体誰がとるのか。
 私は共同通信の一連の報道の背後に北朝鮮の策略の陰を見る。北朝鮮の工作機関である統一戦線部は数年前から、日本の政治家、学者、マスコミなどに執拗に働きかけを行っている。彼らは、2002年に死亡したと一方的に通告した横田めぐみさんら被害者8人は本当に死亡しているが、その後の調査で田中さんのような北朝鮮がこれまで入国を認めていなかった被害者数人が発見された。だが当人は北朝鮮での永住を求めている―などという謀略情報をしきりに拡散している。

 ●揺るがぬ「即時一括帰国」
 共同の記事には<北朝鮮は、被害者全員が生きている前提に立つ日本との対話に応じようとしない。安倍晋三首相に打開策はなく、交渉は袋小路に陥っている>という一節がある。
 安倍政権と家族会・救う会の「被害者全員が生きている前提に立って助ける」という方針に対して、北朝鮮の工作機関は、それでは北朝鮮は永久に話し合いに応じない、何人かを返してもらい、その後、日朝共同調査委員会を作って調査を続けながら、国交正常化交渉を並行して進めよう―と主張してきた。
 すでに、元外交官、日朝国交正常化促進議員連盟の役員や、著名な学者らがそのような考えを公然と語り始めている。
 家族会・救う会・拉致議連は、拉致問題解決の定義は「全被害者の即時一括帰国」であり、部分帰国や、さみだれ帰国、日朝共同調査委員会など北が望む方式は絶対に応じないと繰り返し主張してきた。
 安倍首相や菅義偉官房長官もぶれてはいない。しかし日本国内には、それとは異なるゴールを想定し、機密情報のリークまで装って世論を誘導する勢力が存在する。戦いは正念場だが、助けを待っている被害者がいる以上、ぶれずに「全被害者の即時一括帰国」を求め続けていくしかない。