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2021.01.19 (火) 印刷する

半導体産業の復活とAI産業の構築急げ 奈良林直(東京工業大学特任教授)

 新型コロナウイルス対策として、我が国でも大手企業だけでなく、町工場や大学などの教育機関でもオンラインによる在宅勤務や講義が、学会、シンポジウムまで急速に普及してきている。国際会議もいまや全てオンライン会議である。

このため、世界的にパソコンや半導体の需要が急速に高まり、IT企業の収益は大きく伸びている。半導体不足は、自動車メーカーの生産ラインにも影響を及ぼしているほどだ。米国では主要IT企業GAFA(アマゾン、グーグル、フェイスブック、アップル)の売り上げが急増し、経済悪化に陥っている韓国ですらサムソンやLGの売り上げが急速に伸びている。

米・中・韓の経済が半導体景気で回復しつつある中で、我が国の経済回復がいまひとつ振るわないのは、半導体産業の不振も大いに影響している。

我が国はかつて世界一の半導体大国であった。それが今やCPUやメモリなど汎用部材については価格面から海外勢に圧倒されている。我が国は半導体製造装置や半導体基板に用いる小型高性能な部品の供給国になってしまった。

悪夢の日米半導体交渉

1980年代に栄華を極めた日本の半導体産業は1990年代以降、急速に国際競争力を失った。要因の一つとされるのが〝不平等条約〟とも呼ばれた1986年の「日米半導体協定」だ。1996年、同協定はようやく終結したが、国際競争力を失った日本企業からは半導体事業の優秀な頭脳や技術の流出が続いた。

筆者は、北海道大学在籍中に産学連携ディレクターを拝命し、渡米した。日米半導体戦争後に、米国の大学が最先端技術を生み出し、ベンチャー企業が次々に巨大企業に発展した原動力と大学の役割を調査することが目的だった。

調査した1つがスタンフォード大学。もう1つがマサチューセッツ工科大学(MIT)である。スタンフォード大学では集積回路センターを訪問したが、200社超の日本企業が研究員を派遣しており、半導体製造装置や検査装置は全て日本製だった。

センター長は東芝で半導体の研究開発(R&D)に携わった後に米国企業に転身した西義雄氏で、派遣企業のなかには、東芝、日立、NEC、ソニー、パナソニックといった日本のエレクトロニクス企業のみならず、トヨタやホンダなどの自動車会社も名を連ねていた。

彼らは、帰国して、「スタンフォード大で研究員をしていた」と言えば、経歴に泊が付く。派遣企業は優秀な頭脳の人材つきで1社1億から2億の研究費を大学に寄附していたが、何百億円の研究開発費を資金源にした国家プロジェクトでありながら、成果は米国のものになった。こうして米国の半導体やIT産業は急速に発展し、我が国を大きく引き離したのである。

自動運転技術で巻き返しを

マサチューセッツ工科大学(MIT)ではメディアラボを訪問した。そのメディアラボの所長は、初めての日本人、伊藤穰一氏である。氏は、直接手でディジタル情報に触って操作できる「タンジブル」インターフェイス研究で世界的に知られる。スマホの画面を指で触るとそこにあるディジタル情報を簡単に操作でき、三次元の視覚情報や音響を自由に触り操作できるあのインターフェイスである。

訪問したメディアラボは、たくさんの研究室が相互に連携して新しい知識や技術を生み出す空間であった。伊藤教授も気さくで多才で、来日の際に言論テレビにも出演されたこともある。2019年、出資者の1人の犯罪が元で所長職と教授職を辞任したのは大変残念である。

今、我が国の産業で欠かせないのは、半導体産業の復活と人工知能(AI)の構築である。自動車産業は我が国で唯一と言ってよい国際競争力を有する産業であるが、その自動車はいま急速にAIを搭載した走るスマホへと進化しつつある。

我が国の自動運転技術の進歩は、多数のレーザー光線を発する3次元スキャナーで、地形、前後左右の車、高速道路の車線、市街地の信号機や歩行者を瞬時に認識する。2050年までに普及するのは、単なるモーターとバッテリーの電気自動車ではない。人間の命令を声で認識し、目的地に安全に早く移動する知能ロボットマシンである。この製品をいち早く仕上げた企業が世界企業へと躍進する。

人を乗せた大型ドローン(空飛ぶ自動車)も、すでに試作車が空を自由に走行している。イノベーションとは、現在存在していないものを生み出す技術革新を意味する。その鍵となる技術が半導体とAIなのである。その技術は、敵地の発射直前のミサイルを破壊する自律巡航ミサイルにも応用できる。中国に負ける訳にはいかない。