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2021.08.04 (水) 印刷する

露首相の北方領土上陸 動じることなく制裁発動を 遠藤良介(産経新聞論説委員、前モスクワ支局長)

 ロシアのミシュスチン首相が7月26日、日本政府の中止要請を無視して北方領土の択捉島に入り、実効支配を誇示した。東京五輪の開催中に日本人の神経を逆なでする行動である。ミシュスチン氏はさらに、北方四島に外資を誘致するため、関税や各種税金の減免措置を導入する方針を打ち出した。日本政府はこの手の揺さぶりに動じることなく、毅然として関係者への制裁発動といった手を打つべきである。

「特区」構想は露の日本威圧だ

2010年11月に当時のメドベージェフ大統領が国後島に足を踏み入れて以降、遺憾ながら、露政権幹部による北方領土上陸が繰り返されている。こうした行動を阻止するためには毎度の抗議だけでは事足りず、露外交官の追放といった強い措置を講じなければならない。ミシュスチン氏の択捉入りについて、日本外務省はロシアのガルージン駐日大使を呼び出して抗議した。すると、露外務省は日本の上月豊久大使を呼んで「日本の反応に対する抗議」を申し入れており、何をか言わんやである。

ミシュスチン氏は択捉島で病院や水産加工施設を視察し、税の大幅な減免措置によって外資を呼び込む構想を明らかにした。法人税や付加価値税、固定資産税、関税などの免除を検討しており、プーチン露大統領と具体的に協議するとしている。北方領土全体をいわば「特区」とするイメージである。ミシュスチン氏は「日本のみならず欧米の投資家にとっても(ビジネスチャンスが生まれる)良い決定になるだろう」と言ってのけた。

日露は16年12月、北方四島での日露共同経済活動に関して協議を始めることで合意した。プーチン政権には北方四島の開発で日本の協力を得る思惑が、安倍晋三前政権には共同活動を北方領土返還交渉の弾みとする狙いがあった。しかし、ロシアが「自国の法制度」に基づいて共同活動を行うべきだと主張し、その後の実質的進展はない。

業を煮やしたプーチン政権は、日本が協力しないなら、中国や韓国、欧米の資本に来てもらう、と揺さぶりをかけてきたわけだ。第三国の資本が北方四島に入れば、ロシアによる実効支配は強まり、新たな権利関係が発生することで北方領土交渉は複雑化する。ロシアはこのことを見越して日本を威圧している。

中露連携の動きにも目配り必要

ここで動じたり、弱腰になったりすれば、ロシアの思うつぼである。必要なのは、北方領土の不法占拠を固定化しようという動きには断固たる措置をとることにほかならない。具体的には、北方四島に資本を投下する第三国企業の関係者に、日本への入国や日本企業との取引を禁じる制裁を科す。このことを中韓にも国際社会にも広く周知しておくことだ。ロシアに対する欧米の目が厳しさを増す今、日本が北方領土問題を改めて訴え、制裁などで協力を取り付ける好機である。

北方領土問題での日本の出方を、中韓が注視していることを忘れてはならない。領土という国家主権の根幹をなす問題で甘い対応をすれば、中国が尖閣諸島(沖縄県石垣市)、韓国が竹島(島根県隠岐の島町)をめぐって確実に増長するだろう。とりわけ危険なのは、尖閣への野心を隠さず、南シナ海や日本海上空を含む各地でロシアと合同軍事演習を繰り返している中国である。北方領土の背後には中国が、尖閣の背後にはロシアがいると心得て対処せねばならない。

ロシアが北方領土の「特区」構想を持ち出してきたのは、プーチン政権がそれだけ焦っていることの表れである。ロシア経済の低迷が長期化し、課題とする極東・東シベリアの開発は思うように進んでいない。石油・天然ガスに依存する国家財政は、世界的に脱炭素化が進めばじり貧だ。政権は北方領土のインフラ整備や軍備増強を誇示しているが、台所事情は厳しい。日本政府はこのことを看破し、冷静に行動しなくてはならない。