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2021.08.02 (月) 印刷する

韓国と活動家の主張によりそうユネスコ決議と報告書 加藤康子(元内閣官房参与)

 長崎市の端島炭坑(通称・軍艦島)を含む世界文化遺産「明治日本の産業革命遺産」について、国連教育科学文化機関(ユネスコ)の世界遺産委員会は7月22日、戦時徴用された朝鮮人労働者に関する「産業遺産情報センター」の説明が不十分だとして「強い遺憾」を盛り込んだ決議を採択した。

決議に付されたユネスコとイコモス(国際記念物遺産会議)の合同調査報告書は、日本政府が遺産の全体像を紹介するため東京都新宿区に開設した「産業遺産情報センター」の端島炭坑の展示に対し、「犠牲者を記憶にとどめる」措置としては「不十分」だとし、「より暗い側面」を含め「多様な証言」を提示するよう求めている。

これに関して朝日新聞は7月27日付社説で「必要なのは、情報センターのあり方を改めることだ。犠牲者の記憶の展示と情報発信を確立するよう、幅広い専門家の意見を仰がねばならない」と支持した。

しかし、元島民の加地英夫さんらは「なかったことをあったことにするのか」「ユネスコはなぜ私たち元島民一人ひとりの話を聞かないのか」「GHQ(連合国軍総司令部)は戦後2回も調査にきた。その時にちゃんと調べている。朝鮮の人とも一緒に机を並べて仲良くやってきた。なぜユネスコは端島とは関係ない活動家や韓国の話だけを聞くのか」と怒りを抑えきれないでいる。

調査員は韓国と2度も事前協議

今回のユネスコ決議は、韓国政府と日韓両国の活動団体の猛烈な運動に応えたものだ。ユネスコが世界遺産の保全の問題ではなく、展示に関し、他国の依頼で調査団を派遣し、是正の決議をするのは前代未聞である。

2015年7月にドイツのボンで開催された第39回世界遺産委員会において、「明治日本の産業革命遺産」が世界文化遺産に登録されてから、韓国は登録解除を求めて働きかけを続けてきた。ユネスコの世界遺産センターは2020年6月、「顕著な普遍的価値に毀損がない限り、登録抹消できない」と回答したものの、韓国は納得せず、産業遺産情報センターの展示に強い懸念を表明し、活動団体と共に運動を展開してきた。

それに呼応してユネスコは今年6月、イコモスとの合同調査団を派遣してきた。調査員は韓国政府と2度にわたって協議し、日本と韓国の市民団体から大量の文書を事前に受け取り参考資料としたそうである。しかし、「明治日本の産業革命遺産」の価値については殆ど関心がなく、情報センターで展示されている内容についての予備知識もなかった。

ユネスコが派遣した調査員は3名であるが、実際に来日したのはドイツ人女性1人で、他の2名(オーストラリアとベルギー)はワクチン接種が間に合わず、リモートでの対応になった。

調査員たちは歴史の知見に乏しく、調査中も、朝鮮半島出身者をPOW(戦時捕虜)と表現した。私は、朝鮮半島出身者はPOWではないことを指摘したにもかかわらず、調査団の報告書には、「他国から徴用された労働者は、当時、日本国民とみなされ、日本国民として扱われたという印象を与える」と記されている。そもそも日本は朝鮮と戦争していない。調査官はそんなことも知らなかった。朝鮮半島出身者は当時、日本国民であり、国民として徴用されている。

出入国管理白書によると、終戦時、在留朝鮮人は200万人余を数えるが、その内約32万人余りが戦時徴用者であった。第二次大戦中、日本は、戦時における労働力不足のなかで国家総動員法(1939年4月制定)に基づき、1942年2月より朝鮮総督府の斡旋で朝鮮半島出身労働者の募集を実施。1944 年9月より国家総動員法の下、国民徴用令(1939年7月施行)に基づいて朝鮮人の労務動員を実施した。

背後に「徴用工」訴訟 支援団体

私は調査団に対して、「まるでユネスコによる戦争犯罪法廷のようでフェアではない。我々は何も事実を捻じ曲げたり、隠したりしていない。そもそも、あなたたちには歴史を裁く資格はない。私ももちろん歴史の裁判官にはなれない。あなたたちもそうでしょう。ユネスコの役割を逸脱している」と指摘した。

調査団は「事前に手渡された多くの書類が物議を醸しだしているのだが、私たちはそれらが嘘なのか真実なのかを見極める、そういうミッションが与えられている」というので、「その書類は誰に貰ったのか」と聞くと、「強制動員真相究明ネットワーク」(強制動員ネット)という団体であることがわかった。

この団体は、旧朝鮮半島出身労働者(彼らの言う「徴用工」)に関する調査・研究を行い、戦時における炭鉱や軍需工場などでの「強制労働の歴史」を喧伝する活動を日韓両国で行っている。彼らの出版物や配布資料によると、同組織は韓国内の団体が日本企業に対して行っている訴訟の原告を掘り起こし、裁判を支援する活動もしている。

彼らにとって原告とは、日本が韓国を併合した1910年から45年までの間、日本で働いた全ての朝鮮人が対象で、メンバーは、日本製鉄元徴用工裁判を支援する会の立ち上げ人として、韓国での裁判の後、原告側と共に記者会見を開いている。2015年の世界遺産委員会においては、韓国の民族問題研究所が主催するイベントで「軍艦島は地獄島である」というプロパガンダキャンペーンを行っている。活動目標の一つとして、ドイツがナチスの犯罪を反省して「戦犯企業」からの資金で設立したのと同様、日韓で「記憶・責任・未来財団」を設立するよう訴えている。

世界遺産から政治を排除せよ

今回の調査について当事国である日本政府は、ユネスコと韓国政府との事前協議を全く知らされていなかった。それが事実なら、日本政府は多額の拠出金を出していながら、ユネスコとは信頼関係ができていないことになる。

外務省によると、日韓の外交問題になっている、いわゆる「徴用工」訴訟において、日本企業の財産の差し押さえを図ろうとしている原告と寄り添う団体から提示された情報は、そもそも取扱いに注意が必要であることを、ユネスコも理解した模様である。当初、報告書には強制動員ネットの情報と組織名が掲載されていたそうだが、ユネスコの指示で大半が削除されたそうである。

今回の協議を通して、ユネスコとのあいだで、情報センターはいわゆる「徴用工」訴訟に関わる原告と寄り添う活動家たちの政治運動の場ではないという合意形成はできた。

世界遺産条約においては、歴史解釈における国家の主権が認められている。加えて、ユネスコも「嘘の展示をしろとは言っていない」と述べている。朝鮮半島出身者が、端島で奴隷労働を強いられたと証明するような資料があるわけでもない。「なかったことを有ったとする」ことはできない。情報センターは、これからも当事者の言葉を「ありのまま」伝えていく。端島を知らない活動家や団体が、プロパガンダ活動により世論を動かし、ユネスコの力を借りて島民に濡れ衣を着せ、人権を傷つけることを許してはいけない。ユネスコが本来の役割に立ち返り、世界遺産から政治を排除することを心から願っている。政治が歴史に介入する悪循環をなくすためにも、情報センターは正確な一次情報や当事者の声を伝えていきたい。