「米国の衰退」を確信する中国共産党が、このところ戦術的後退のポーズを見せはじめた。国際社会から香港情勢やウイグル弾圧、武漢ウイルス対応への批判が高まり、これ以上の対中包囲を避けるための一時的な退避である。他者を欺く外交は、「米中新冷戦」演説といわれた2018年10月のペンス前副大統領による対中非難直後にも採用されている。ただし、戦術的後退は対中批判をかわすための詐術であって、政策転換ではないからまともには付き合えない。
自らを「ジュニア超大国」
今回の軟化ポーズは、習近平国家主席が共産党の学習会議での発言として伝えた6月5日の新華社電が最初のシグナルだろう。習主席はこの会議で、「自信を示すだけでなく、謙虚で、愛され、尊敬される中国のイメージづくりに努力しなければいけない」と語り、対外発信の強化を図るよう訴えた。それまでの対外強硬一本やりの「戦狼外交」からは大幅な軌道修正である。
さらに、習氏が信頼する清華大学特別教授の閻学通氏が、米外交誌「フォーリン・アフェアーズ」Web版で、「台湾をめぐる紛争のリスクが高まっている」と脅しつつ、「北京は台湾海峡の平和を維持することが共通の利益―というワシントンと暗黙の了解を望んでいる」と妥協点を提示した。
実は、トランプ政権下で行われたペンス演説後にも、習政権はやはり同様の変化をみせていた。2018年末の香港紙は、習近平政権が対米「21文字方針」を採択して「冷戦回避」にかじを切ったことを明らかにした。この記事は、最高レベルによる決定として、「不対抗、不打冷戦、按歩伐開放、国家核心利益不退譲」の21文字を連ね、米国に対抗せず、冷戦を戦わず、歩みに即して開放し、核心的利益は譲らないことをひそかに指示していたというものだ。
このうちの「不打冷戦」とは、中国経済の失速と米国との貿易戦争の激化から、トランプ前政権が仕掛ける米中新冷戦には乗らないとの決意である。先の閻学通氏はこの時も、米外交誌1月号の論文を通じて、トランプ政権向けにやはり低姿勢のシグナルを送っていた。
この時の閻論文もまた、米国の覇権はすでに終わり、米中2極体制になりつつあると強気に概観しつつ、一転して、米国が「超大国」であるのに対して中国は「ジュニア超大国」であるとへりくだる。
対外強硬策台頭する恐れも
今回の閻論文も、同じ外交誌で「強くなる中国外交―新しい中国の外交政策」と題する論文を通して、対立点の台湾に関して独立を回避するという「暗黙の了解」を持ち出して、米中協力の可能性を示唆している。ワシントンとの協力できる分野として、閻氏はパンデミック後の回復支援、国境を超えた課題への取り組み、そしてグローバルガバナンス体制の改革などを挙げている。
さらに、トランプ政権下で署名した貿易合意にも続く交渉の再開などをあげ、米中の争いは「ボクシング試合ではなく、レースであると考えることが最善である」と述べている。どちらも最善を尽くして競争するが、相手を破壊するものではないことを強調している。
ただ、2018年と違うのは、中国が「戦狼外交」で自ら国内に反中の炎を煽り立て、周辺国からの警戒感を生み出した。習近平主席は2020年の演説で「東の世界は台頭し、西洋は衰退している」と中国の優位性の物語を語り続けてきた。独裁者の言葉に、トップの顔色をうかがう官僚が唱和してさらに拡声された。
しかし、独裁主義体制は、うわべこそ鉄壁の政治システムに見えて、内部は矛盾と不信と腐敗で分裂しているのが常である。いつ、臣下が結束して、寝首をかきにくるかが分からない。国内政治が不安定になればなるほど、対外強硬策が頭をもたげてくるから注意を要する。