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2021.07.27 (火) 印刷する

北の核ミサイルと戦後日本の安保不感症 西岡力(モラロジー道徳教育財団教授・国基研企画委員)

 北朝鮮は核ミサイルでわが国を攻撃する能力を既に保有している―。7月に公表された令和3年版防衛白書はそう書いた。衝撃的なこの内容について、マスコミはほとんど報じず、国会でも論じられなかった。危機を危機と感じられないこの安保不感症に戦後日本の病理をみる。

防衛白書も随所で危機指摘

日本を狙う北の核ミサイルについて白書は、4カ所で繰り返し書いている。まずそれを確認する。

白書は、第1部の「わが国を取り巻く安全保障環境」で北朝鮮について18ページ割いたが、その結論部分にあたる「1 全般」という項で次のように明記している。

北朝鮮は、これまで6回の核実験を実施したほか、近年、前例のない頻度で弾道ミサイルの発射を繰り返すなど、大量破壊兵器や弾道ミサイル開発の推進及び運用能力の向上を図ってきた。技術的には、核兵器の小型化・弾頭化を実現し、これを弾道ミサイルに搭載してわが国を攻撃する能力を既に保有しているとみられる。(略)

北朝鮮のこうした軍事動向は、わが国の安全に対する重大かつ差し迫った脅威であり、地域及び国際社会の平和と安全を著しく損なうものとなっている

白書は、核ミサイル開発の状況を取り上げた「3 大量破壊兵器・弾道ミサイル」という項の冒頭でもほぼ同じことを書いている。

北朝鮮は、近年、前例のない頻度で弾道ミサイルの発射を行い、同時発射能力や奇襲的攻撃能力などを急速に強化してきた。

また、核実験を通じた技術的成熟などを踏まえれば、弾道ミサイルに搭載するための核兵器の小型化・弾頭化を既に実現し、これを弾道ミサイルに搭載してわが国を攻撃する能力を既に保有しているとみられる

そして、「核兵器計画の現状」を説明する件では、北朝鮮が2017年9月3日の核実験をICBM(大陸間弾道弾)装着用水爆実験だったと発表したことについて、その可能性を否定できないとも書いた。

一般に、核兵器を弾道ミサイルに搭載するための小型化には相当の技術力が必要とされているが、米国、旧ソ連、英国、フランス、中国が1960年代までにこうした技術力を獲得したとみられることや過去6回の核実験を通じた技術的成熟が見込まれることなどを踏まえれば、北朝鮮は核兵器の小型化・弾頭化の実現に至っているとみられる。

また、6回目となる2017年の核実験の出力は過去最大規模の約160ktと推定されるところであり、推定出力の大きさを踏まえれば、当該核実験は水爆実験であった可能性も否定できない

北朝鮮が水爆を小型化してミサイルに搭載できる能力があると、防衛省は見ているのだ。

さらに「弾道ミサイル発射の主な動向」の部分でも、日本を射程に入れた弾道ミサイルの核弾頭は完成していると次のように書いている。

なお、北朝鮮は、わが国を射程に収めるノドンやスカッドERといった弾道ミサイルについては、実用化に必要な大気圏再突入技術を獲得しており、これらの弾道ミサイルに核兵器を搭載してわが国を攻撃する能力を既に保有しているとみられる

拡大抑止に頼りすぎてないか

日本の安全は米国の拡大核抑止力、いわゆる〝核の傘〟によって担保されている。白書も防衛大綱で定めている「わが国の防衛の基本方針」を引用して、そのことを確認している。

核兵器の脅威に対しては、核抑止力を中心とする米国の拡大抑止が不可欠であり、わが国は米国と緊密に協力していくとともに、わが国自身による対処のための取組を強化する

ここで言われている「わが国自身による対処」とはミサイル防衛システムなどを指すのだろう。

しかし、北朝鮮が米国本土を射程に入れる核ミサイルを完成させてしまうと、米国の拡大抑止力への信頼性が弱まることは事実だ。米国が東京を守るためにニューヨークやロサンゼルスを犠牲にするだろうかとの疑問が生まれるからだ。少なくとも、北朝鮮の指導者が「日本を核攻撃しても、米国は自国への核攻撃を恐れて核報復はしないだろう」という認識を持てば、拡大抑止力は効果を失う。

その意味で北朝鮮が米国本土を射程に入れる核ミサイルを完成しているかどうかは、わが国の安全保障上、重要な情勢判断となる。

白書は、核ミサイルはまだ完成していないと書いた。すなわち、核兵器の小型化・弾頭化は実現しているが、大陸間弾道ミサイルの弾頭としては大気圏に再度突入させる技術が未完成と見ているのだ。ただし、先に見たように白書は、日本を射程に入れた北朝鮮の弾道ミサイルについては「実用化に必要な大気圏再突入技術を獲得」していると明記している。

米国本土に届く大陸間弾道ミサイルに関する白書の記述を見よう。

長射程の弾道ミサイルの実用化のためには、弾頭部の大気圏外からの再突入の際に発生する超高温の熱などから再突入体を防護する技術についてさらなる検証が必要になると考えられるが、北朝鮮は、同年11月のICBM級弾道ミサイルの発射当日、弾頭の再突入環境における信頼性を再立証した旨発表するなど、長射程の弾道ミサイルの実用化を追求する姿勢を示している。

また、北朝鮮は、2019年12月に2回、東倉里地区の西海衛星発射場で「重大な実験」を行った旨発表しており、ICBM級弾道ミサイルのエンジンの試験であった可能性が指摘されている。さらに、2020年10月の軍事パレードには、新型ICBM級弾道ミサイルの可能性があるものが登場した。

北朝鮮が弾道ミサイルの開発をさらに進展させ、長射程の弾道ミサイルについて再突入技術を獲得するなどした場合は、北朝鮮が米国に対する戦略的抑止力を確保したとの認識を一方的に持つに至る可能性がある。仮に、北朝鮮がそのような抑止力に対する過信・誤認をすれば、北朝鮮による地域における軍事的挑発行為の増加・重大化につながる可能性もあり、わが国としても強く懸念すべき状況となりうる

2017年秋、当時の米トランプ政権は軍事攻撃をしてでも北朝鮮の核ミサイル開発を止めるという強い決意を示し、日本の安倍晋三前政権もそれを支持した。実は、北朝鮮は同年8月29日と9月15日にグアムまで届く中距離弾道ミサイル「火星12」の実軌道での発射実験に成功し、同ミサイルは実戦配備された。つまり、グアムまで届くミサイルの大気圏再突入技術は獲得したのだ。

マスコミはなぜ報道しない

一方、米本土西海岸に届く弾道ミサイル「火星14」は、2017年の5月14日と7月4日ロフテッド軌道での発射実験が行われている。次に実軌道での発射実験が行われ大気圏再突入技術の検証に成功すれば、米本土まで届く核ミサイルが実戦配備されるという段階だった。

トランプ政権はそのような悪夢は戦争をしてでも止めるという決意を固め、2017年9月23日にグアム基地から戦略爆撃機を出して元山沖で演習を行うなどの軍事メッセージを送った。このままでは斬首作戦で自分の命が危うくなると怯えた金正恩は、この時期、ミサイル実験を一時中断したが、11月29日に米国東海岸まで届く「火星15」のロフテッド軌道での実験に踏み切った。だが、このときミサイルは大気圏再突入後に弾頭が3つに割れて失敗。しかし金正恩は「国家核武力は完成した」と一方的に宣言して、翌2018年から対米対話に出てくる。

白書は、先に見たようにもし北朝鮮が米本土まで届く核ミサイルを完成させればわが国の安保に重大な影響があると警告している。その部分を再度引用する。

北朝鮮が弾道ミサイルの開発をさらに進展させ、長射程の弾道ミサイルについて再突入技術を獲得するなどした場合は、北朝鮮が米国に対する戦略的抑止力を確保したとの認識を一方的に持つに至る可能性がある。仮に、北朝鮮がそのような抑止力に対する過信・誤認をすれば、北朝鮮による地域における軍事的挑発行為の増加・重大化につながる可能性もあり、わが国としても強く懸念すべき状況となりうる

わが国の安全は戦争を覚悟したトランプ大統領とそれを支援すると明言した安倍前首相の決断によって守られたと言えるのだ。

わが国政府は防衛白書で、すでに北朝鮮はわが国を攻撃できる核ミサイルを保有していると明記した。その上、弾頭には水爆が使われる可能性もあるとも書いている。ここまで重大な事実を政府が公式に発表したのに、なぜ、マスコミは報じないのか。なぜ、大騒ぎが起きないのか。いまこそ、わが国の核抑止力について国民上げて真剣に議論すべき時だ。