5月21日に北京政府が発表した「チベット白書」なるものに対して、1人のチベット人として真実を述べさせていただく。白書は嘘の連続だが、特に重要な3点について異議を唱えたい。
「17条協定」のまやかし
第一に北京政府は、白書のタイトルを「チベットの平和解放と繁栄発展」としているが、「解放」という言葉そのものが偽りである。
1949年の中華人民共和国成立の翌年、チベットを人民解放軍が武力で侵略し、その結果、1951年に中国は銃口の下で17条協定なるものを押し付けたというのが実態である。
白書は、古来、チベットは中国の一部であったと歴史を捏造し、あたかもチベットは中国の一部であるような印象を与えているが、歴史上、中国がチベットを支配した事実は全くない。協定では序文で、中国は西洋の帝国主義者からチベットを解放したと書かれているが、チベット全土で西洋人は当時、7、8名しか居なかった。中国は何から解放したと言うのだろうか。
また、協定の第4条では「チベットの現行政治制度に対しては、中央は変更を加えない」などされているが、北京政府がこれを守ることはなかった。香港に対して「一国二制度」を提示しながら守らなかったことに類似している。
さらに、第8条では「チベット軍は逐次人民解放軍に改編し、中華人民共和国国防武装兵力の一部とする」と定めているが、これは、国民党との内戦でガタガタになっていた人民解放軍がチベット軍と真正面からの戦争になることを恐れ、同時に、本格的な戦争になった場合に諸外国が介入してくることを恐れたからである。なにより、中国軍の指揮下にないチベット軍の存在に触れていること自体、チベットが主権国家であったことを物語っている。
1954年、チベット仏教の最高指導者ダライ・ラマ法王が中国を訪問した際、わざわざ成都まで出迎えたのは、当時、中国共産党中央委員会書記長であった鄧小平であり、公式撮影では、毛沢東の両脇に法王とパンチェン・ラマ尊師が座り、当時、全人代常務委員長であった劉少奇と首相だった周恩来はその脇に座った。
つまり、ダライ・ラマ法王は、中国では当時、対外的元首の職責にあった全人代常務委員長、首相よりも格上として認識されていたことを示している。このことからも、チベットは中国の1地方政府とは違う別格の存在であったことを証明している。
いずれにせよ、この協定は、一方的に北京政府によって反故にされ、インド亡命を余儀なくされたダライ・ラマ法王は1959年4月、協定の無効を世界に対して宣言している。これらの事実によっても、中国のチベット支配は非合法であり、一方的な植民地支配に過ぎない。
民族浄化と宗教弾圧
第二に、白書は、中国のおかげでチベットが発展し豊かになったと強調しているが、自己矛盾以外の何物でもない。昨年1月から7月まで中国が54万人の働き盛りのチベット人を強制的に徴用した時も、これはチベットの貧困を撲滅するためであるとの理由付けが行われた。
北京政府は、チベットを近代化し、封建社会から繫栄した近代社会に発展させたと誇らしげに述べている。しかし、鉄道が敷かれ、空港が開設され、チベットの豊かな資源が発掘されたことは事実だが、チベット人が潤うことは何一つなかった。中国人移民と中国の軍事基地は充実・拡大されたが、それにともない、チベット人の伝統的な生活や自然環境は著しく破壊された。世界の環境問題の専門家から、中国による環境破壊が気候変動の要因になっていると指摘されていることは周知の事実である。
北京政府はまた、1989年にダライ・ラマ法王がノーベル平和賞を受賞して以降、「チベット白書」なるものを定期的に発表して論点のすり替えに躍起になっている。チベットにおける民族浄化と宗教弾圧は、米国や欧州連合(EU)の議会などでも周知の事実とみなされ、数々の非難決議が採択されている。
いまもチベットにおいては、北京政府によって、ダライ・ラマ法王の写真を所有したり、18歳未満の若者が寺院で修行したりすることは禁止され、代わって毛沢東と習近平の写真を仏壇に飾り、拝むことが強制されている。
嘘とハッタリの連発
第三に、北京政府は、ダライ・ラマ法王を分離主義者と決めつけ、法王が提唱するチベット問題の平和的解決そのものを偽善だと主張している。実際、1979年、当時の中国最高指導者鄧小平が国際世論を懐柔するため、チベット側に対して独立という言葉以外ならば何でも話し合う用意があるとして、法王の調査団及び使節団と開始した対話も、北京側によって一方的に打ち切られた。
それだけではない。今やダライ・ラマ法王の将来の転生者まで北京が決めようとしている。現在の14世まで続くダライ・ラマ制度は、チベット仏教の輪廻転生思想に基づく。これに介入することは、各民族固有の文化・信仰を尊重するという中国の主張に相反している。
中国共産党創立100周年記念日の7月1日に習近平が行った大演説の中身を見ても、白書と同様に嘘とハッタリの連発である。中国の発展は、共産党一党独裁システムの勝利だと自画自賛しているが、鄧小平が世間を欺き、共産主義を修正して資本主義を導入したからであり、それに応じて日本やアメリカが幻想抱き、加担することで得た経済力・軍事力の結果である。中国の制度が優れていたからではない。