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2021.08.31 (火) 印刷する

戦略ゲーム誘発する米撤収後の「力の空白」 湯浅博(国基研企画委員兼主任研究員)

アフガニスタンの首都カブールが、あっけなくイスラム原理主義武装勢力、タリバンの手に落ちたとき、歓喜の声を上げたのは隣国のパキスタンであった。これまで、タリバンへの支援疑惑を表向きは否定していたものの、イムラン・カーン首相はついに「アフガンは奴隷の足かせを解いた」と本音を吐いた。アフガン大波乱の勝者は、人種的な結びつきの強いパキスタンだったのだろう。

アフガンは中央アジアの地政学上の要衝であり、19世紀には英国とロシアが勢力争いを展開し、20世紀にも米ソ角逐の舞台となった。特にソ連は、アフガン侵攻がソ連共産党崩壊の引き金になったところから、この地が「帝国の墓場」との形容が真実味を帯びてくる。

タリバンの背後にパキスタン

北の侵略者、ソ連を追い出してからのアフガンは、部族別に分かれた軍閥間の殺し合い、裏切り、密告を繰り返しているうちに、「イスラム原理主義の怪物」タリバンを生み出していた。その背後にいるのが、同じ部族のパシュトゥン人を抱えるパキスタンだ。アフガンとパキスタンの国境線は、パシュトゥン共同体を分断される形で人為的に引かれているからである。

米国は2001年に、米中枢同時テロ「9・11」を決行した国際テロ組織アルカーイダをかくまうタリバンへの攻撃を開始した。筆者はその直後にイスラマバード入りして、タリバンを後押ししてきたパキスタン軍統合情報局(ISI)前長官のハミド・グル将軍にイスラマバード郊外の邸宅で会った。

グル将軍は「イスラム戦士のゴッドファーザー」を自任し、米国を激しく非難していたからだ。タリバンはパキスタンと同じ部族のパシュトゥン人が主力で、軍の中にもタリバンに同情する勢力があると指摘した。将軍は、タリバンの戦力について「空爆を繰り返しても、タリバンは地下に潜って何年でも戦い抜く」と語り、「現代戦に持ち込んでも彼らには通用しない」とタリバンが長期戦に強いと強調したことを覚えている。

グル将軍が示唆したように、パキスタンはその後も、タリバンをひそかに保護し、武器を与え、訓練までして、米国のアフガン政策を失敗に導いた。表向きは米国に協力し、裏ではタリバンに対する財政的、かつ後方支援の供給源であった。

それを知る米国は、2011年5月にパキスタンに潜伏していた9・11の首謀者、オサマ・ビンラディン容疑者を攻撃した際も、当局に連絡せずに決行した。米海軍特殊部隊シールズが、パキスタン士官学校に隣接する隠れ家を急襲して殺害した。

米国も核保有国には気遣い

この年の9月、米軍トップのマレン統合参謀本部議長がテロを繰り返すタリバンは「まぎれもなくISIの一部」と証言して、パキスタンから猛烈な抗議を受けたことがある。だが、その後もパキスタンはタリバンを保護することをやめようとはしなかった。米国がそれに見て見ぬふりをしていたのは、パキスタンが核保有国であり、混乱を恐れたからだとの説がある。

こうしたタリバンとパキスタンの関係について、米軍統合参謀本部議長の顧問、サラ・チェイズ氏は米紙ウォールストリート・ジャーナルの取材に、「あの戦争に勝つためにはパキスタンを厳しく取り締まる必要があった。だが(アフガンで)作戦を実行するためにはパキスタンをなだめる必要があった」と、困難な命題があることを吐露した。

今回も、8月15日にタリバンが再びカブールを制圧して政権協議をはじめた際、現地のメディアが何人かのパキスタン当局者が関与していたと報じていた。かつてタリバンが政権を掌握した際も、行政能力の欠如から王制時代の官吏を探し出して実務にあたらせたことがあった。今回もカルザイ元大統領や前政権のアブドラ外相が協議に加わっていたところをみると、パキスタンの関与がうかがわれる。

ウイグル浸透警戒する中国

周辺国の中でも、パキスタンと友好関係にある中国は、アフガンと同じイスラム系の新疆ウイグルへの浸透を警戒しつつ、この地域で足場を固める機会を狙う。中国はアフガンに眠る地下資源のうち、ハイテク産業の原材料となるリチウムなどがターゲットだ。さらに、カラコルム山脈を通じてパキスタンに至る回廊地帯の安全保障を、さらに強化したいとの思惑もある。

しかし、中国が最近のパキスタンでの経験から学習したのなら、アフガンでの足跡は慎重に進めるに違いない。この7月14日に9人の中国人労働者がパキスタンで殺害され、8月20日には南部グワダルでも、中国の船団に向けて自爆テロを仕掛けられている。

したがって中国当局者は、アフガンには英露米が苦闘した「戦略的な罠」があるとして、軍事的には踏み込まず、もっぱら経済イニシアティブに頼るだろう。中華経済圏構想の「一帯一路」に組み込むことがありうる。

中印露との関係構築も視野に

逆に、パキスタンと敵対関係にあるインドは、やはり国境紛争を抱える中国の影響力が広がることに警戒を強める。インドは崩壊したガニ政権の重要な担い手でもあり、タリバンを支援するパキスタンと中国の影響力拡大を脅威と見ている。

このインドの困惑ぶりに、パキスタン国内では喝采を叫ぶ声が聞こえるという。実際に、タリバン政権時代の1999年にインディアン航空が乗っ取られ、アフガン南部のカンダハルに強制着陸させられた上、インドは乗客の安全と引き換えに、パキスタン人の過激派幹部3人を釈放した苦い事件があった。

今後、タリバンが求めるのは、財政再建と厳格なイスラム法に基づく国造りである。パキスタンがその要求にこたえられなければ、タリバンは中国、イラン、ロシアとの関係構築を視野に入れるだろう。米国のアフガン撤収で生まれる「力の空白」が、この地に周辺国による戦略的なグレートゲームを誘発しそうな気配である。

米軍による20年間の「テロとの戦い」も、中国との「大国間競争」を抱えて国力を疲弊させては元も子もない。米軍の撤退後に「帝国の墓場」に参入しようとするのは、その中国か。