ロシアのウクライナ侵攻に伴い、脱炭素を主眼とする欧州のエネルギー政策が大幅な見直しを迫られている。欧州連合(EU)の脱炭素政策を主導してきたドイツは、メルケル前首相により脱原発政策と太陽光や風力発電による再生可能エネルギー優先の政策を十年以上にわたり強力に推進してきた。その一方、発電出力が低下した際にその谷を埋めるための火力発電の燃料を自前の石炭からロシアから供給される天然ガスに挿げ替えることで、CO2(二酸化炭素)の排出を減らそうとしてきた。
ドイツは水力発電を含む再エネの比率を40%超えるまで増やしたが、1kWh(1キロワット時)の電気を得るために火力発電所が排出するCO2は約500g(グラム)で大差ない。石炭も天然ガスも燃料として使えばCO2を出すことでは50歩100歩の差しかない。メルケル政権の脱炭素政策は、結局、欧州のロシア産天然ガスに強く依存する状況を作り出しただけであった。
温暖化より差し迫った核リスク
メルケル時代のドイツは、天然ガスの比率をさらに高めようと、ロシアからの天然ガスパイプライン「ノルドストリーム2」の増設に踏み切った。これに対して米国は、トランプ前大統領時代に待ったをかけたが、バイデン大統領は再エネ政策推進に舵を切り、ノルドストリーム2の建設を再開させた。あわせて米国内のシェールガス、シェールオイルや石炭の生産を減らしてしまった。
さすがにロシアのウクライナ侵攻でノルドストリーム2は現在、使用凍結状態にあるが、メルケル前首相が推進した脱原発と再エネ優先政策は、ロシアによる欧州のエネルギー支配を強めてしまった側面は否めない。ロシアからの天然ガスや石油の輸入は2020年で、それぞれ欧州全体の39%と29%に達している。昨年は欧州の風力が弱まり風力発電が減少した一方、天然ガスや石油の価格が産油国の協調減産を背景に上昇し、さらにロシアのウクライナ侵攻によって価格は高騰している。
未だ寒気につつまれたままの欧州が、ロシアからの天然ガスや石油の供給を減らす経済制裁を強めていけば、自国のエネルギー不足が深刻化する可能性がある。欧州の経済制裁が「両刃の剣」と言われるのもこの点にある。国際金融システムSWIFT(国際銀行間通信協会)からのロシア排除を試みても、中国のデジタル人民元などが抜け道になる可能性もある。
プーチン大統領はロシア批判を強める北大西洋条約機構(NATO)加盟諸国に対し核兵器使用をほのめかして恫喝している。1000年後の地球温暖化のリスクよりも、はるかに差し迫った脅威である。
「脱ロシア」には原発活用が鍵
ロシアの天然ガスや石油によるエネルギー支配力を弱めるには、安全性を高めた原子力発電の活用こそ、唯一の解決策ではないか。
我が国はロシアのエネルギー支配から比較的脱しやすい環境にある。我が国の原発は、新規制基準を適用した設置許可変更に伴う安全審査中であっても、フィルターベントの設置や各種の電源、注水ポンプなどの配備が完了している。防潮堤の補強工事は、すでに完了していて、更なる補強工事は、原発再稼働後でも、原子炉本体にはほとんど影響しないので、原発運転中であっても十分に安全性を確保して工事が可能である。
再エネ優先政策を進める政府は、再エネ賦課金として太陽光パネルに90兆円もの投資を決定した。これが原発なら1基1兆円としても90基は建設できる。既存の30基を再稼働すれば、計120基の原発が稼働する。小型モジュール炉(SMR)など、次世代原子炉の開発・量産化に取り組めば、100万kW(1ギガワット)の原発は5000億円で建設できる。そうすれば200基の原発により2050年には、電力のほぼ100%を賄うことが可能だ。
さらに再エネとともに電気分解で水素製造を行って、石油や天然ガス燃料を使わずに、国内エネルギーのCO2を排出しない電源に置き換えることができる。
国際エネルギー機関(IEA)のビロル事務局長は2021年9月、世界のカーボンニュートラルを達成するには、原子力発電の設備容量を2050年までに3倍にする必要があると語っている。世界全体で計450基ある原発を3倍すれば1350基。WNA(世界原子力協会)では2050年に脱炭素を原発で行うとすれば約2000基の原発が必要としている。おそらくそのような数の原発の建設に向けて安全性向上対策、再処理施設の稼働、廃棄物処分場の決定などの技術政策も進める必要がある。もちろん国民の理解が必要であるが、技術的には、最も実現性が高いのである。