公益財団法人 国家基本問題研究所
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国基研ろんだん

2022.03.09 (水) 印刷する

降伏は奴隷化を意味する 太田文雄(元防衛庁情報本部長)

ロシアのウクライナ侵略に関するテレビ番組で気になるのが、コメンテーターの言動やゲストへの「死者をこれ以上増やさないためにゼレンスキー大統領は降伏すべきではないか」とする質問である。かつて福田赳夫元総理は「人命は地球よりも重い」と言ってテロリストを世に放った。いわゆる「平和教育の賜物」であろうが、戦争における降伏は、特に相手が全体主義国家の場合、奴隷化あるいは敵の尖兵として使われることを意味する。そのことを肝に銘じなければならない。

被占領国民は尖兵に使役も

第二次世界大戦で敗北した日本は、比較的寛大な民主国家である米国に占領されたために、不条理な憲法を押し付けられ、自国の文化伝統を破壊される程度で済んだ。しかし、ロシアの前身である全体主義国家のソ連は、日ソ中立条約を一方的に破棄して満州に攻め込み、日本が降伏した後も我が国固有の領土である北方領土を不法占拠し、ポツダム宣言に違反して約60万の日本兵を極寒の地シベリアに抑留した。その約1割である6万人が死亡した。

筆者の義父は、幸にして抑留先が温暖なウズベキスタンのタシケントだったため、1966年の地震にも耐えたナヴォイ劇場の建設に従事し、命を全うできた。こうした事実をウクライナ国民は知っているからこそ、ロシアへの「人道回廊」に向かおうとしないのだ。

1945年の日本の敗北後、中国は内モンゴルに侵入した後、モンゴル人は1948年から51年にかけてチベット侵攻時の尖兵として使われた。これを敷衍すれば、仮に日本が中国との戦争に負けることになったら、中国は対米戦の尖兵に日本人を使うということだ。

安保政策転換せぬ日本

2015年に64カ国を対象とした国際調査で「自国のために戦う意志」の割合が11%と最も低かったのが日本である。ウクライナのような大陸国と違って、島国の日本には逃げる場所もない。いわゆる「平和教育」によって隠れるシェルターもない。

ロシア、中国、北朝鮮という全体主義国家に隣接している日本は、今回のロシアによるウクライナ侵攻で安全保障政策を大転換させなければならないのに、岸田文雄政権には、その考えはなさそうだ。しかし、その政権を支えているのが「人命を尊重して降伏を」と主張する国民の意識であることを忘れてはなるまい。

国家防衛は単に権利であるだけでなく、悠久の昔から連綿として連なる祖国とその文化伝統を後世の人々に伝える義務でもある。