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2022.03.09 (水) 印刷する

邦銀は対露制裁破りに手を貸すな 田村秀男(国基研企画委員 産経新聞特別記者)

ウクライナ侵略のロシアに対する米欧日の大規模な金融制裁がロシア経済に衝撃を与えている中で、ロシア企業による中国の大手国有商業銀行のモスクワ支店への口座開設申し込みが殺到している。中国の銀行は中国人民銀行が仕切る国際銀行間決済ネット「CIPS」を抜け穴として提供できる。CIPSには日本のメガバンクも主要メンバーとして加盟している。対露制裁破りに加担する恐れはないのか。

人民元決済に期待するロシア

今回の対露制裁は、米国によるロシアの主要銀行へのドル取引禁止処分に加え、銀行間の国際決済ネットワークである国際銀行間通信協会(SWIFT)からの排除である。また、ロシア中央銀行が米欧日で持つ外貨資産は凍結されて使えないうえに、ロシアの銀行の大半がドルなど外貨の決済や調達ができなくなる。

SWIFTの代わりになりうるのが「CIPS」である。中国の中央銀行である中国人民銀行の主導で2015年に起動した人民元決済ネットだが、前年のクリミア併合で米国などから制裁を受けたロシアのプーチン大統領の脱ドル政策に寄り添っており、ロシアからは二十数行が加わった。邦銀もみずほ、三菱UFJ、三井住友のメガバンク3行が加盟し、それぞれの中国法人が中国の国有商業銀行と同様、CIPSに口座を持つ直接参加行となっている。

CIPSの年間取引額はSWIFTの1日分にも及ばないし、一日当たりの取引件数に至っては4000分の1以下である。しかし、CIPSを使えばロシアの銀行や企業が邦銀現地法人を含めCIPS口座を持つ銀行経由で貿易代金など金融取引を人民元で決済できる。冒頭で述べたロシア企業の中国の銀行での人民元口座開設はCIPSの利用を促進することになる。

2月4日の北京冬季五輪開幕式に出席したプーチン大統領に対し、習近平党総書記・国家主席は「(ロシアと中国の)友情に限界はなく、協力する上で『禁じられた』分野はない」と約束し、共同声明にも盛り込んだ。貿易・投資の拡大など10項目以上の協力文書に調印している。従って制裁を受けたロシア側が金融制裁を迂回するためにCIPSを頼りにすれば、盟約に基づき中国側は受け入れることになる。

中国は米の2次制裁を警戒

だが、中国内外から伝えられる情報では、中国の銀行界はロシアとの取引拡大に腰が引けているようだ。米国から「2次制裁」を食らう恐れがあるからだ。

2次制裁とは、米国の「経済制裁を通じた米国の敵対者への対抗措置法」に基づく。2017年8月、トランプ大統領(当時)が署名、成立させた。当時はロシア、北朝鮮、イランへの制裁破りが念頭にあったが、米国によるあらゆる対外制裁妨害に加担する外国に対し、大統領権限で外国為替、投融資などを通じたドル関連取引を禁じることができる。中国の金融機関が対露金融制裁の抜け穴を提供すると、米国がロシアの銀行に対するのと同様のドル取引禁止に踏み切ることがありうるわけである。中国の銀行の対外資産の約7割がドル建てであり、ドル取引が禁じられると、たちまち信用不安に陥るだろう。

習近平政権にはもちろん、そんな銀行界の懸念が伝わっているのだろう。CIPSの利用については固く口を閉ざしている。しかし、前述した通り、習氏の約束からすれば、CIPSサービスの提供は水面下で拡がるだろう。

バイデン政権は現時点では対中2次制裁に動く気配はない。しかし、CIPSが抜け穴として目立ってくれば、対中強硬論が圧倒的多数を占める米議会はバイデン氏に2次制裁の権限行使を求める声が高まるだろう。その場合、CIPSの直接参加組の一角を占める日本のメガバンクも無風ではいられなくなる。

大量破壊、殺戮を厭わないプーチン・ロシアの暴挙に直面しながらも、ロシアとの直接的な軍事衝突は避けたい西側は、経済面でプーチン政権を追い込むしかない。米欧の産業界、金融界も今回ばかりは呼応して実利を捨て、ロシアから相次いで撤退している。邦銀は金融制裁の抜け穴に関与する余地を残している場合ではない。
 
 

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第88回 対ロシア金融制裁を解説

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