公益財団法人 国家基本問題研究所
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国基研ろんだん

2022.03.14 (月) 印刷する

急がれる原発再稼働と規制委の改革 奈良林直(東京工業大学特任教授)

天然ガスや石油の価格はロシアのウクライナ侵攻でさらに高騰を続けている。欧米諸国や我が国もロシアに対する経済制裁を強化しているが、プーチン大統領は、欧州への天然ガス供給バルブを開閉する権利は、ロシアにあると明言している。欧州は天然ガスの約4割をロシアに依存しており、ロシアにより天然ガスの供給が絶たれると国の経済や産業活動が破綻する。我が国も天然ガスの約10%がロシア産で、日本の経済制裁に対してロシアは北方領土に設置した核ミサイル基地の強化を開始し、エネルギーと核の恫喝に出た。

与党ばかりか野党の一部からも原子力発電所の再稼働を急ぐべきとの声が上がっている。

一部野党にも再稼働求める声

自民党の電力供給安定推進議員連盟(細田博之会長)は3月10日の会合で、原発の早期稼働を求める緊急決議を全会一致で採択した。細田氏は会合で「日本が、エネルギー問題にどれほどぜい弱であるかは言うまでもない。原発の再稼働に向けて真摯に努力していきたい。ウクライナ情勢に伴って、世界的な天然ガスの供給不安や原油価格の高騰などの長期化が懸念される。政府に対し停止中の原発の速やかな再稼働に向けて必要な措置を講じることを求める」と強調した。

日本維新の会の松井一郎代表(大阪市長)は2月28日、ロシアへの経済制裁によってエネルギー価格の高騰を招く恐れがあるとし、原発再稼働を短期的に容認する考えを示した。国民民主党の玉木雄一郎代表も3月4日、記者団に「法律に基づく安全基準を満たした原発の再稼働を含めた多様なエネルギー源の確保に取り組むべきだ」と与党に要請した。

一方、立憲民主党は再稼働の基準や運用を緩めることに慎重で、党内には現存する原発については「動かすしかないと思っている」(幹部)との声もあるが、菅直人元首相らの再エネ推進派が反対している。共産党の田村智子政策委員長は11日の会見で、「再稼働ではなく廃炉。原発ゼロを改めて求めるべき時だ」として、自然エネルギーの普及を主張している。しかし、再生可能エネルギーでは、特に太陽光発電に再エネ賦課金として20年間で90兆円を超える投資をしているが、現在我が国の発電電力量の約8%を占めるにすぎず、風力発電も1%未満で、即効性はない。

更田委員長の原子力行政の功罪

我が国において2月末時点で再稼働を果たした原発はわずか10基。ほかに7基が審査に合格したものの、防潮堤の工事や追加の安全対策が求められており再稼働に至っていない。現時点でなお審査中のものが10基、未申請が9基、コストがかかる安全対策により経済的に廃炉に追い込まれたものが24基にも上る。許可が出た発電所の再稼働の促進、審査中のものについては早期審査がまず必要だ。

再稼働の審査が遅々として進まないのは、行政手続法に定める概ね2年を遥かに逸脱して8年以上を経過している発電所が多いことである。しかも、審査中に、審査の前提条件を何度も変えるために、電力事業者は申請書を何度も書き換え、巨大な土木工事をやり直す発電所も多数に上る。これも審査中に審査条件を変えてはならないとする行政手続法に違反している。

このような行政組織としての審査が遅れた責任は、審査の指揮を執る原子力規制委員会の更田豊志委員長の責任であろう。更田委員長は、これを申請書がしっかりしていないからだと事業者に責任転嫁しているが、原子炉監督制度(ROP)のもとでは、規制委員長の監督不行き届きでもある。

特に、審査開始から5年以内に工事を完成できなかったことを理由に、順次、運転停止に追い込まれたのが、特定重大事故対処施設(特重)の審査である。審査の途中で、新たに液状化対策などの条件が追加されたので、原子炉建屋の半分くらいの巨大施設を地下に設置する工事が難航した。

国基研では、2019年12月4日付の政策提言「日本に原子力発電を取り戻せ」で航空機障害物(送電鉄塔、アンテナポール、洋上風力発電所)などの代替案を提案し、規制委も事業者から申請が出れば審査するとの回答であった。ところが、事業者と対等な立場での規制が出来ていないため、事業者は、「2つとも同時にやれ」と言われる可能性があると尻込みし、10基の原子力発電所が、各半年以上の運転停止に追い込まれた。

現実に即した規制の在り方に

この10年以上の審査の遅れで原発の発電ができない期間に購入した火力発電の燃料代(発電損失)は10兆円を超えると推定される。東京電力柏崎刈羽原子力発電所では、原発のテロ対策の検知器の故障が長期間放置されていたとし、更田委員長が「工事認可の審査停止」のレッドカードを出して、当時の梶山弘志経済産業大臣が東電の社長を叱責する事態になったが、「今までテロ対策の規制検査をしていなかった」と更田氏自身が認めるように、監督不行き届きの責任は規制委員長にもある。

原子力発電所に新たに約3000個の火災検知器の追加を求めた処置も、「厚さ1mも2mもある耐震壁や遮蔽壁の鉄筋コンクリートをガンドリルで穴をあけ、ケーブルを通す工事」を行わなくてはならない。耐震性や遮蔽性能への影響を無視した乱暴な規制として、電力事業者には極めて評判が悪い。

米国では、スリーマイル島原発事故の1979年から2000年にかけてSLAP(システム的事業者能力査定制度)と呼ばれる細かいことにも制裁を科すきびしい規制がなされ、結果的に事業者の創意工夫や活力を削ぎ、マイナーな事故トラブルが多発して稼働率が大幅に低下する事態を招いた。米原子力規制委員会(NRC)は産業界からの猛烈な批判を浴びて存亡の危機に追い込まれ、事業者が自ら創意工夫をして規制と事業者の対等かつ緊密な意見交換や抜き打ちの立ち入り検査が行えるようにした。これが米国の原発の運転成績を劇的に改善したROPである。

原子力発電所の再稼働を促進するには、わが国でも、規制と事業者の対等な立場での創意工夫と、それを精査する緊張感を持った検査が必要である。更田委員長は今年9月に任期満了となり、後任には同規制委員の山中伸介・元大阪大副学長が昇格する。我が国でも、SLAP状態の規制から真のROPの規制が行われることを願ってやまない。

フィルター付きベントが設置されているのであるから、万一の事故の場合も放射性物質の飛散が防止され、5km~30km圏内は屋内退避となる。安全対策の充実こそ、再稼働の促進と、天然ガス高騰によるエネルギー危機の回避につながるのだ。