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2022.03.15 (火) 印刷する

「核共有」を導く佐藤栄作流の外交術 湯浅博(国基研企画委員兼主任研究員)

安倍晋三元首相が米国の核兵器を自国内に配備して共同運用する「核の共有」論の必要性を提起して以来、核抑止力の議論が活発になってきた。もっとも、同盟国に依存する核論議には、肝心の米国がそれを同意するだけの戦略的意義と相互利益がなければ話にならない。かつて、佐藤栄作政権が日本に対する米国の「核の傘」を獲得した外交術に、重要なヒントが隠されている。

日本の政治家は、国民の中に核アレルギーがあると信じており、核論議でさえ無条件で避けようとする傾向がある。その代わりに持ち出すのが、米国の「核の傘」を含む拡大抑止に対するあくなき信頼である。しかし、米国の拡大抑止といえども、彼らの好意と必要性だけで達成できたものではないことを肝に銘じるべきである。

「協調」掲げつつ「自立」を推進

中国が初の核実験を強行した昭和39(1964)年、佐藤首相は日米首脳会談に先駆けて、当時のライシャワー駐日大使と会談した。その際に佐藤は、「今はまだ機が熟していないが、憲法改正が必要だ」と何度も繰り返した。そのうえで彼は、中国が初の核実験に成功したことに関連して、「もし、相手が核を持っているのなら、自分も持つのは常識である」と、米国の喉元に刃を突き付けた。

この佐藤―ライシャワー会談の内容は、後年、米国務省が公開した解禁文書に詳述されている。佐藤は占領期の吉田茂首相の薫陶を受けて「対米協調」を掲げながら、その裏では岸信介首相のように「対米自立」を推し進めてきた稀有な首相であった。表と裏の二兎を追ったがために、佐藤外交は数々の密約疑惑に彩られてもいた。

解禁文書からは、ライシャワーが本国に宛てた報告で、佐藤が翌年1月のジョンソン大統領との首脳会談に、この「独自核」の保有を持ち出しかねないとの懸念を伝えていたことが分かる。ところが佐藤は、当日の首脳会談ではこの核開発に関する問題は出していなかった。

解禁文書には、ジョンソンが「もし日本が防衛のために米国の核抑止力を必要としたときは、米国は約束に基づき防衛力を提供すると述べた」とある。佐藤は「それが問いたかったことである」と語ったところをみると、佐藤の戦略意図は米国による「核の傘」を確実なものにすることにあった。

「『持ち込ませず』は誤りだった」

その佐藤がのちの昭和42(1967)年12月に、核を「持たず、作らず、持ち込ませず」という非核3原則に初めて言及した。沖縄より先に返還された小笠原諸島に関し、米軍の核再持ち込みがあり得ないことを国会で保証する答弁の中で、この3原則に触れた。翌43年1月の施政方針演説ではさらに踏み込み、これが核政策の柱の1つになっていく。

外務省幹部の協議メモ(44年10月7日)によると、その後、佐藤は外務省幹部との会議で「『持ち込ませず』は誤りだったと反省している」と漏らした。米国の「核の傘」に守られながら、その持ち込みを遮断する矛盾に揺れていた。

日米同盟下の核問題は、沖縄返還交渉の際の「核抜き・本土並み」と言いながら、「北東アジアの非常事態の際には沖縄への核再持ち込み」が条件として返還された経緯もあり、日米間の交渉が決定的な意味を持つことを教えている。

当時の米国は、ベトナム戦争に対する批判がいくつかの同盟国から出され、国内でもベトナム反戦運動が活発化していた。しかも、国内経済は疲弊し、追い詰められた中で日本から「核抜き・本土並み」の沖縄返還を突き付けられていた。米国が返還しなければ、日本の反米感情が高まり、軍事活動にも支障が出かねない。佐藤首相の対米要求は、そうした事情を熟知した上での拡大抑止の獲得戦術であった。

核論議を現実的にしたウクライナ

現状の日本を取り巻く戦略環境は、核戦力を増強している中国が、国際秩序を変えようと狙い、戦術核をちらつかせるロシアは、「大型の北朝鮮」に見える。その北朝鮮はもちろん「核戦争も辞さない」と威嚇している無頼国家である。ウクライナに対してプーチン大統領が、戦術核の使用もありうると示唆したことから、これまでなら蛇蝎のように嫌われた日本国内の核論議も、現実的に受け止められるようになっている。

残念ながら核兵器に対しては、核で抑止するしかない。日本が唯一の被爆国であるからこそ、「力の均衡」が崩れないよう核戦略の是非を精査しなければならないのは現政権の務めだ。北朝鮮が核弾頭搭載可能な長距離核ミサイル(ICBM)を保有すれば、米国民を犠牲にしてまで、日本を核攻撃した北への報復はできないだろう。そうなれば、米国による日本に対する核の拡大抑止戦略の崩壊である。

米国の「核の傘」が信じられなくなれば、理論的には自前の核を考えるか、もしくは米国との「核の共有」戦略に持ち込まなければならない。だが、佐藤外交の先例にならえば、独自核の開発を意図しなければ、米国から核共有を引き出すことも難しいかもしれない。米国は今、対中抑止のために日本の南西諸島へのミサイル配備を国防総省の「太平洋抑止イニシアティブ」の中で検討中だ。そこに日米戦略目的の一致点を見出せるのではないか。

特に、米国の覇権を凌駕しようとしている中国は、ウクライナ戦争で自由社会から経済制裁を受けるロシアや、対米交渉に持ち込もうとする北朝鮮の目標とが見事に一致する。これら枢軸国に近接する日本は、米欧との統合抑止として「核のオプション」を手放すべきではない。