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2023.04.17 (月) 印刷する

マクロン氏は「自律」の意味を履き違えるな 佐藤伸行(追手門学院大学教授)

昨年11月のショルツ独首相による「朝貢外交」がまだましに見えるほどの外交的惨事である。今般のマクロン仏大統領の訪中は、台湾への威嚇のレベルを一段と高める習近平中国国家主席の歓心を買うばかりか、中国を鼓舞し扇動するかのような危険なシグナルとなった。

「台湾は欧州の問題ではない」

中国の台湾武力侵略を抑止しようとする関係国の苦心をあざ笑うかのようなマクロン氏の「暴言」を改めてここに掲げる。米政治メディア、ポリティコなどとのインタビューで、マクロン氏は西側主要国の指導者とは思えない次のような発言をした。

「欧州が直面する大きなリスクは、自分のものではない危機に巻き込まれて、戦略的自律の構築を妨げられることだ」

「台湾問題(の危機)を加速することは欧州の利益になるか。ならない。もっと悪いのは、この問題でわれわれが追随者になり、米国の方針と中国の過剰反応に付き合わねばならないと考えることだ」

「欧州はウクライナの危機を解決できないのに、台湾について『気をつけろよ。悪さをしたらわれわれが出ていくからな』と言ったところで、誰が信用するか」

「米中両超大国の緊張が過熱すれば、われわれは戦略的自律を手当てする時間も資源もなくなり、家来になってしまう」

ポリティコによれば、マクロン氏は「米ドル体制という治外法権」への依存を低減しなければならないとも主張した。

要は、台湾危機は欧州の問題ではなく、米国の対中強硬策に追随してはならない、とマクロン氏は言っているのであり、欧州は台湾問題から手を引けと呼びかけているのに等しい。

欧州委員長は中国への厳しさ堅持

中国側は航空機メーカー、エアバスの首脳を含む50人の代表団を引き連れたマクロン氏をすこぶる歓待し、例によって大型契約の調印も演出して見せた。中国が台湾包囲の軍事演習を開始したのは、マクロン氏が帰国の途に就いた後で、ポリティコは「マクロン氏は自分が中国領空を抜けるまで演習開始を待ってくれた中国の配慮を嬉しく思っている」とのマクロン氏の思考法に通じた人々の見方も紹介している。

マクロン氏は今回の訪中に際して、自らが欧州連合(EU)より上位に立つ存在であることを誇示しようとした。EUの執行機関、欧州委員会のフォンデアライエン委員長を同行させたことである。

委員長は、ドイツの前与党キリスト教民主同盟(CDU)所属の保守派で、中国へは厳しめの態度をとる。今回の訪中直前の演説で、人工知能(AI)や量子コンピューター、バイオテクノロジー、ロボット工学などの先端技術に関する対中規制を柱とする対中関係の再定義を提唱した。その際のキーワードは、デリスクキング(de-risking)で、中国との関係を全面的に断ち切るわけではないが、機微な技術が中国によって吸い取られないようにするとともに、戦略資源の調達先を多様化するなど、中国への依存の低減を図るという提案である。

委員長は習近平主席との会談でも、中国がロシアへの武器供与を控えるよう求め、力による台湾海峡の現状変更は認められないとくぎを刺し、新疆ウイグル自治区における人権侵害に懸念を表明した。中国を「体制上のライバル」と定義したEUの首脳としては、当然の発言である。

委員長の同道については、「マクロン氏の監視役としてついて来た」との見方も中国側から出ているが、実際のところは、マクロン氏が招請した。

委員長に対する中国側の接遇は、マクロン氏に比べてはるかに地味であり、中国は2人がまるで主従関係にあるかのようにお膳立てした。そこはマクロン氏の願うところだったろう。欧州委員会に対するフランスの優越性が誇示されるからである。

重大なG7議長・岸田首相の役割

今回のマクロン氏の発言の裏にはもっと隠された計算があるのではないかとさまざまな分析が試みられているが、うがつほどの真意はないと筆者は考えている。

ポリティコによれば、マクロン氏は「欧州の戦略的自律に関するイデオロギーの戦いに勝利した」と宣言してみせたという。米国と距離を取り、中国に接近し、宥和的な姿勢を見せることがマクロン流の「欧州の戦略的自律」の定義なのだと単純に言いたかったのだと推測される。

台湾に迫る危機を等閑視することはもとより、「米ドル圏への依存の低減」という点でも中国と意気投合したマクロン氏は、民主主義と人権を支える世界の第3極としてEUを強化し、非民主的な権威主義陣営への依存度を減らし、さらに「戦略的自律」の裏付けとなる軍事力も整えていこうというEUの息の長い試みを履き違えている。

米英豪3国によるアングロサクソン系の安全保障の枠組みAUKUS(オーカス)の結成によってオーストラリアの潜水艦建造プロジェクトからフランスが締め出されたことへ、マクロン氏が強烈なうらみを抱いていることは分かるが、マクロン氏の反米主義は西側の結束を乱す深刻な要因になっている。

5月の主要7カ国(G7)広島サミットで、議長の岸田文雄首相は、マクロン氏を含めて台湾危機に関する強いメッセージを取りまとめ、マクロン氏によって西側にもたらされたダメージの回復に注力しなければならない。(了)