「作戦と法は軍事行動の両輪である」と、ハリー・ハリス元米太平洋軍司令官が法の意義を基調講演で強調した。これは、国際法を議論する国際会議(米海軍大学主催、第6回アレクサンダー・クッシング国際法会議)が5月14日から17日まで、米東部ロードアイランド州ニューポートにある米海軍大学(以後「海大」という)で行われた際の発言である。確かに昨今の軍事行動には法意識が欠如するものが散見され、国際社会は「法の遵守」を再確認すべき時である。
会議最終日には海大が発行する海戦法規の解説書(ニューポート・マニュアル)改訂版の査読会も実施され、筆者も査読者の一人として参加してきた。読者の参考に供するため、会議で特に気付いた点について簡単に報告したい。
会議には米国の他、英国、オーストラリア、カナダ、韓国、インド、シンガポール、台湾、インドネシア、イスラエルなど15以上の国と地域から、軍法務官や学者・研究者が招待され、各国の事情を反映させたい海大の意向が見て取れた。議題は現在進行形のウクライナ戦争やガザ地区での戦闘、あるいは台湾海峡の緊張を視野に入れて設けられた。例えばマルチドメイン(多面領域)の作戦と国際法の関係、将来戦の技術的側面、宇宙・サイバー戦、イスラエル対ハマス、インド太平洋の安全保障に関する戦略的視点、海戦法上の商船の取り扱い、現代のハイブリッド戦争など多岐にわたった。
イスラエル対イラン
特にイスラエル参加者の発表では、イスラエルとイラン、ハマスとの戦いにおいて、西側マスメディアの報道が偏向し、ハマス側のプロパガンダ(情報戦)にくみしている現状を強く訴えていたことが印象的だった。
偏向報道とは別に、この問題の法的側面の議論は、イスラエル対イランにおける自衛権の問題と、イスラエル対ハマスにおける武力行使の烈度に集中した。
イスラエルの対イラン自衛権やイランの対イスラエル自衛権の検討では、当該事案の一連の経過を見れば、双方の自衛権は、平時の小規模な一過性の武力行使の根拠と位置付けることができる。
まず自衛権行使の開始において必要性が妥当するかを確認した。すなわち、目前に差し迫り熟慮の時間もなく(緊急性)、他に取るべき手段がない(非代替性)、などの伝統的要件の再確認である。加えて、その自衛措置は受けた攻撃に釣り合うか(均衡性)、つまり攻撃者からの脅威がなくなり次第終了したかも問われた。
イスラエルのイランへの攻撃(在外公館及びその後の軍事施設攻撃)に緊急性や非代替性が認められるかについて、多くの参加者は異論を唱えた(特に2撃目)が、均衡性については問題視されなかった。イランのイスラエルへの攻撃も同様であり、一過性の戦闘行為という範疇であれば均衡原則上、問題は生じないとの認識を確認した。
イスラエル対ハマス
一方、ハマスからの、あるいはハマスへの攻撃は非国家間武力紛争(NIAC)に該当するが、既存の国際法(lex lata)がいかに適用されるかという問いに対し、自国の置かれた戦略環境の違いから参加者の意見は分かれた。それは、戦闘手段や方法を規律する武力紛争法(jus in bello)における比例性原則(得られる軍事的利益に較べ文民への被害が過大にならない烈度であること)などの解釈に幅が生じ易いからである。
例えば、イスラム教信者による国内テロに悩む国の学者が、ハマスを強い口調で断罪した。ハマスが奪った人質が解放されない限りイスラエルは奪還のための手段を尽くすのであり、イスラエルの行動は正当だという。その一方、文民被害のおびただしさが比例性を逸脱するとして、イスラエルのガザ地区攻撃をジェノサイドと強く非難する一部の参加者もいた。
いずれにせよ会議参加者間で合意は得られなかったが、この会議のように、国益を反映した各国の意見を率直にぶつけ合い相互理解を図ることは、国際社会の常識なのだと再認識した次第である。
中国は国際法を守るか
また、山岳地帯で中国と国境を接するインドや、南シナ海に面するインドネシア、台湾(米国在住)などからの参加者は、中国に国際法遵守を期待することに極めて懐疑的な意見が寄せられた。なぜなら中国は、南シナ海で国際法を無視する「9段線」の主張に加え、昨年8月に新たに発表した地図の中で台湾東方沖に10番目の線を引くなど、公的に現状を拡大変更し続け、既存の国際法を遵守せず、勝手に独自解釈してきた実績があるからである。
加えて中国領海では、国際法(国連海洋法条約)で許容される軍艦の無害通航権を認めず、自由通行が許される排他的経済水域の上空飛行も許可制にするなど、国際法を無視する国内法を制定し、一方的に他国に強要する姿勢を変えようとしない。
さらに、法の隙間を縫うような海上民兵という中国独自の害敵手段(兵器や戦闘方法)も話題になった。正規軍とは異なり、民間人である漁民を民兵として組織化したものが海上民兵である。報道された訓練の様子を見る限り、彼らは軍服を着て小銃等で武装している。つまり、正規軍と同様に戦時には自動的に攻撃対象となる。しかし、ひとたび軍服を脱げば、海戦法上守られるべき対象の一般漁民と区別することが、極めて困難な存在になるのである。
中国はグレーゾーンの段階から海上民兵を偵察などに使い、戦時には人間の盾として利用することも想定される、との懸念が参加者共通の認識であり、その対抗策を早急に整備する必要がある。
慣習法を共有する手段としての「マニュアル」
会議の最終日は、ニューポート・マニュアル改訂版の査読会が行われた。このマニュアルは、海大が作成する公式の海戦法規解説書で、版を重ねながら多数の各国海軍の国際法ハンドブックなどに引用されてきた。陸戦法規と異なり海戦法規は、その多くが慣習法から成っており、これまでも明文化する努力がなされた。代表例として、人道法国際研究所の『海上武力紛争法サンレモ・マニュアル』(1997年、東信堂)があるが、原書出版(1994年)から30年が経過し、伝統的な国家間戦争とは様相を大きく変えた現代戦を反映できているとは言い難い。
昨今の戦闘様相は従前から大きな変化を見せている。例えば、作戦領域が陸海空のみならず、宇宙、サイバー、電磁波などへ拡大し、それぞれが相互に影響するマルチドメインの作戦を考慮する必要が生じており、適用すべき法のアップデートも待ったなしの状態である。
本マニュアルは基本的に米国の立場からの解説書だが、偏ることなく多数の国の解釈を引用し、より多くの国と見解を共有している。このことは、対中国という観点で関係国が結束する際に共通の手段となり、結果として大きなメリットになるだろう。
ドローンなどの無人自律兵器や人工知能(AI)の活用が加速する現代戦、そのようなマルチドメイン作戦を既存の国際法は網羅しているとは決して言えないが、来るべき台湾危機に備える上で、海戦における国際法を共有するための手段として、本マニュアル整備の意義は小さくなく、その普及活動は今後の課題の一つであろう。(了)