私が代表を務める特定失踪者問題調査会では平成17(2005)年から北朝鮮向け短波放送「しおかぜ」を運営している。当初は英国の送信会社に委託して送信していたが、平成19(2007)年10月末、当時の菅義偉総務相の尽力もあり、茨城県古河市にあるKDDI八俣送信所からの送信が始まった。放送時間は現在1日4時間半である。日本語と朝鮮語、さらに英語と中国語を含めて、家族の声や日本における拉致問題の動き、北朝鮮内部の人が知らない国際情勢や北朝鮮の実情などのコンテンツを送っている。政府の北朝鮮向け短波放送「ふるさとの風」の一部も「しおかぜ」の枠の中で送信している。
北朝鮮で聞かれている「しおかぜ」
「しおかぜ」の企画や調整の段階から収録編集に至るまで都内の調査会事務所で幹事長の村尾建兒が行い、作成したCDを八俣送信所に送って送信してもらっている。八俣のKDDIの技術者も献身的に協力をしてくれており、日頃ソウルで外国の放送を受信している支援者から聞いた話では、北朝鮮向け放送の中で「しおかぜ」が一番良く聞こえるとのことだった。
開局当初の放送と思われるが、特定失踪者斉藤裕さんが自分の名前を呼ばれているのを聞いて他人に話したため、処罰を受けたという情報がある。また昭和38(1963)年5月に能登から叔父2人と漁に出て拉致された寺越武志さんは、北朝鮮にいる拉致被害者で唯一家族が連絡を取れる人だが、一昨年亡くなった母の寺越友枝さんは私に「孫(武志さんの息子・平壌在住)が中学生で、学校で『しおかぜ』のことが話題になっている」と話してくれたことがある。想像するに私の下手な朝鮮語がかえって耳に残ったのではないかと思う。平成17年送信開始に先立ってロンドンの送信会社に行ったとき、担当者から「この放送を何人の人が聞くと思いますか」と聞かれた。私は「1人でも構いません。誰か聞いてくれるならやる意義があります」と答えた。
妨害電波に対抗
「しおかぜ」に対して、北朝鮮は開局翌年の平成18(2006)年以来、継続して妨害電波をかけている。妨害電波の送信には膨大な電力を必要とする。電力不足が深刻な北朝鮮で妨害電波が送られるのは、北朝鮮で聞いている人がおり、それを北朝鮮当局が聞かせたくないことの証明である。これに対抗するため周波数を逐次変更する「猫の目作戦」を行ったが、北朝鮮は変更した周波数に合わせて妨害電波を送ってきた。それをくぐり抜けるため、「しおかぜ」では二つの周波数で同時に同じコンテンツを流す「二重放送」で対応してきた。
ちなみに妨害電波が長期にわたって止まったのは、独裁者金正恩が叔父張成沢を処刑した平成25(2013)年12月と、令和4(2022)年の2回であり、どちらも妨害電波の送信自体を止めたのではなく、送信はしていたがこちらの周波数変更に追従できない状態が続いたということだ。これは北朝鮮内部の混乱の証明でもある。
送信確保は政府の責任
八俣送信所はKDDIの施設であり、NHKが全施設を借り上げて国際放送の送信に使っている。「しおかぜ」はその空いた部分を使う形なのだが、短波放送を削減する方針のNHKの意向で当初7基あった送信機が現在は5基に削減され、その中の老朽化した1基も削減の予定になっている。今年3月にはイランの事態を受けてNHKが中東向け国際放送の24時間放送を行うようになり、その関係で「しおかぜ」の二重放送が中止する事態になった。8月から再開されたものの、今後国際情勢によってまた二重放送ができなくなるか、最悪の場合は「しおかぜ」自体が送信できなくなる可能性すら存在する。
本稿見出しの「送信機増設」とは、このような状況を解消するために100キロワットの短波送信機2基を新たに設置するということだ。「しおかぜ」に限らず、外国で戦争などに巻き込まれた邦人に情報を送るためには短波放送は極めて効果的である。ネットは遮断されたり、偽情報を流されたりする可能性があるが、短波にはその心配がない。送信機増設はNHKに任せるのではなく、政府の責任で設置し国民の保護のために活用するべきである。この件については国会でも何度か質問をしてもらっているが、まだ政府の動きはない。
資金集めに理解を
特定失踪者問題調査会では今年6月から7月にかけてクラウドファンディングを行った。「しおかぜ」のためのクラウドファンディングは毎年行っており、今回が6回目。北朝鮮向け短波放送「しおかぜ」の放送のための資金集めと拉致問題についての広報が目的である。クラウドファンディングには色々なシステムがあるが、私たちがやっているやり方だと、当初設定した金額に満たない場合、全て返金しなければならない。このため失敗が許されず、今回は最初の目標を500万円で設定した。最終的には本来の目標である1000万円を超えたのだが、一時は足踏み状態でどうなるかと心配した。クラウドファンディングを毎年やるべきものなのかという意見もあるだろうが、やらなければ放送の継続は難しいというのが正直なところだ。
八俣送信所の送信に関わる費用はKDDIを通じて全額をNHKに払っている。その金額は月300万~400万円に上り、この費用は事実上NHKの言い値で決まっている。正直なところ、NHKに「しおかぜ」の意義に対する配慮は全く感じられない。放っておけばすぐに資金が底をつき、年中ハラハラし通しだが、政府からの業務委託費(「ふるさとの風」の「しおかぜ」枠での送信や政府広報を入れて「しおかぜ」を送信する対価)やブルーリボンバッジなどのグッズ販売、一般のカンパとクラウドファンディングを合わせて何とか賄っているという状態である。
電波の戦いは続く
拉致問題を「政権の最重要課題」と言いながら政府の動きは見えず、国会に至っては2月に開会し7月に閉会した先の会期の中で、衆参両院の拉致問題特別委員会での実質審議は一度も行われなかった。そして与野党ともそれに責任を感じている様子はない。惨憺たる状況だが、拉致被害者のためにも電波の戦いを止めることはできない。政府による送信機2基増設のためご協力をお願いしたい。(了)




