公益財団法人 国家基本問題研究所
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2017.04.11 (火) 印刷する

日印・日印米三者 対話報告

 インドのビベカナンダ国際財団(VIF)の主催で、シンクタンク研究者と元高官による日印二者対話を2月16日に、日米印三者対話を同17日にニューデリーで行い、日本からは国基研4名(初日2名)、米国からは個人参加の形でハドソン研究所4名が招かれた。国基研は冨山泰企画委員をリーダーとし、黒澤聖二事務局長、湯浅博企画委員、島田洋一企画委員(発表順)というメンバー構成で臨んだ。

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 十六日の日印二者対話は、アジア太平洋およびインド洋地域の情勢を踏まえ、日印の協力関係の重要性を確認し、今後の協力枠組みの具体的な提案を検討。まず冨山企画委員が二つのパネルを担当。戦略地政学的分析と経済的連携の課題について発表すると、VIF側から日印は中国の「一帯一路」構想に対抗する姿勢を明確に打ち出すべきだなどの意見が出た。次に海洋問題のパネルで黒澤事務局長が司会を兼ね、海洋の法の支配の重要性を発表すると、日印のできることは互いの兵力を使った「航行の自由」を維持する実際の行動ではないかと主張する元インド海軍将官もいた。
 十七日は、互いの国益の尊重のみならず地域の安全保障にとり、具体的な貢献策は何かを討論した日印米三者対話。インド外務次官の基調講演のあと、まず湯浅企画委員がモディ首相の「アクト・イースト政策」に対比しつつトランプ政権に「アクト・ウェスト」を求める安倍政権を論じた。米側参加者からトランプ政権は結果的に正しい方向に向かうのではないかという希望的な観測が示されると、フロアからは懐疑的な意見が続出し、感覚の相違が表れた。次のパネルで島田企画委員が日本の法制上の問題点を指摘しつつ憲法改正の必要性を論じると、インド側からは日本の憲法の制約に驚きの声も出た。
 VIFのビジ所長は、同じ価値観を持ち地域に影響力のある日印米三国が協力することの意味を再確認、今後とも対話を継続していくことが重要とし、討論を締めくくった。
 対話を主催したVIFは、インドの思想家ビベカナンダを記念して設立され、モディ政権に影響力があると見られている。国基研とVIFは二〇一三年に共同研究「日印の戦略的パートナーシップと協力の枠組み」を発表し、協力関係にある。国基研代表団は現地滞在中、かねて交流のあるインドの複数の研究所の幹部や元首相顧問とも個別面談を行い、充実した訪問であった。

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 日印・日印米対話における国基研メンバーの発表の概要と質疑などを以下に紹介する。

 

世界秩序の動揺と日印連携

冨山企画委員

 

001_cr トランプ米政権の発足で、世界は予見不可能な時代に入った。トランプ大統領は安倍晋三首相との会談で日米同盟の重要性を再確認したものの、民主主義諸国の先頭に立つ用意があるのか不明だ。米国主導の世界秩序が崩れるなら、国際情勢に重大な影響を及ぼす。
 米国の国際的リーダーシップに対する挑戦者のうち、トランプ氏が最大の脅威と見なすのはイスラム過激派だ。ロシアに対しては融和的である。中国に対しては一見強硬だ。しかし、トランプ氏は中国の行動を取引次第で容認しかねない。トランプ氏が中国と取引する可能性は歴代のどの米政権よりも大きい。
トランプ氏にしっかりした対中戦略があるのか疑問だ。環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)から離脱を宣言したことからそう言える。TPPは、日米が中国に対抗して自由で開かれたアジア太平洋経済貿易秩序を構築するという戦略的意味があった。
 インドはトランプ政権をどう見ているか。ロシアに優しく、中国に厳しいトランプ外交は、インドの基本的な路線と一致するのではないか。トランプ政権の登場で、インドにとって願ってもない戦略環境が生まれたと言えないか。
 国際情勢の先行きが不透明になる中で、中国は建国百年の二〇四九年までに「中華民族復興の夢」を実現することを目標に掲げ、再び外国に侵略されないアジア最強の国家になることを企図している。ここ数年だけでも、一方的な権益拡大行動が顕著だ。
 代表的な例は、南シナ海での人工島建設とその軍事要塞化である。七つの人工島のうち三つに三千メートル級滑走路を完成し、七つ全てに防空兵器を配備した。東シナ海では、中国公船が尖閣諸島周辺の領海侵入を繰り返し、日本の実効支配を脅かしている。日本周辺での自衛隊機の緊急発進回数は前年度を上回り、うち七割以上は中国機が対象だ。中国軍は、有事の際に米軍の作戦を妨害する接近阻止・領域拒否(A2AD)能力も強化し続けている。
 中国は経済協力、国際金融、貿易の各分野でも中国主導の新秩序構築に意欲的だ。「一帯一路」と呼ぶ地域経済圏構築構想の発表、アジアインフラ投資銀行(AIIB)の創設、TPPに代わるアジア地域包括的経済連携(RCEP)交渉の推進がその意欲の表れである。加えて、米国を排除した地域安全保障体制を構築する構想まで明らかにしている。
 日本とインドは戦略的連携を深める必要が強まっている。今やインドは日本にとって、米国に次いで重要な戦略的パートナーの一つになろうとしている。ただ、日印間に対ロシア認識で違いがあること(1)や、インドは対中包囲網の形成と取られかねない行動に消極的と見られること(2)が、連携強化のネックになるかもしれない。

(1)インドの戦略家ブラーマ・チェラニー氏は国基研代表団との懇談で、インドが「親ロシア」だったのは冷戦時代のことで、今やロシアに対する立場は「中立」だと語り、対ロシア認識の違いはそれほど大きくないとの考えを示した。
(2)日印米対話に出席したインド政府高官はこの見方を否定し、①日印米豪四カ国安保協力の枠組みが進まないのは、インドよりオーストラリアが消極的なため②インドが日本との外交・防衛協議「2プラス2」を閣僚級でなく次官級にするよう求めたのは、対中配慮ではなく、実質討議を行うには次官級の方が適切と考えたため―と説明した。

 

 

地域共同開発で中国の代替策を提示

冨山企画委員

 
 日印経済関係は近年、着実に拡大している。しかし、日中経済関係に比べると限定的だ。日印貿易総額は日中の二十分の一。日本企業の対インド直接投資額は対中国の四分の一。インド進出日系企業(拠点数)は中国進出日系企業の八分の一である。人の交流も同様に限定的で、日本からインドへの訪問者は中国への訪問者の十一分の一。インドから日本への観光客は中国から日本への観光客の五十分の一。日本にいるインド人留学生は中国人留学生の百分の一にすぎない。経済関係、人的交流とも拡大の余地は大きい。
 二〇一六年十一月のモディ・インド首相訪日で、最大の成果は日印原子力協定の調印だった。首脳会談で安倍首相が力を入れたのは、インドのインフラ整備に対する協力のうち、特に新幹線技術の提供だ。モディ政権は既にムンバイ・アーメダバード間に日本の新幹線を導入することを決めているが、日本政府はインドの高速鉄道計画全部に日本の新幹線を採用してほしいと考えている。
 日印経済協力の場所はインド国内にとどまらない。安倍、モディ両首相は、自由、民主主義、法の支配という共通の価値観の下で、日本とインドが持てる技術や資源を出し合い、インド太平洋地域やアフリカの経済・社会開発に協力することが、この地域全体の繁栄をもたらすとの認識で一致。具体的にはイランの港湾都市チャバハールのインフラ開発への協力を早急に具体化することを共同声明に盛り込んだ。
 これはモディ首相の「アクト・イースト政策」と安倍首相の「自由で開かれたインド太平洋戦略」を融合し、中国の「一帯一路」構想の代替策を地域諸国に提供しようとする戦略的な発想だ。チャバハールは、中国がインドを取り囲む形で拠点港を建設する「真珠の首飾り」戦略の一環として港湾を整備したパキスタンのグワダルからわずか七十キロであることからも、中国への対抗心が明白だ。グワダルは「一帯一路」構想でも重要な位置を占める。
 トランプ米政権の登場は地域経済協力にも不透明感を与えている。イランの港湾開発支援は対イラン経済制裁解除が前提だが、イラン核合意に批判的なトランプ政権の登場で制裁解除が見直され、開発計画に暗雲が垂れ込める可能性がある。
 日印首脳は、インド洋地域で日印が他にどういう戦略的経済協力ができるかについても意見を交換した。日本やインドが別々に手掛けているスリランカの港湾整備などで協力の可能性があるかもしれない。スリランカでは、中国が「真珠の首飾り」の一環としてハンバントタの港湾施設を建設しており、日印協力が実現すれば、ここでも中国の戦略への対抗軸を日印が提供する形となる。

 

 

アジア太平洋・インド洋海域における海洋秩序への挑戦

黒澤事務局長

 

006 前回の日印共同研究時から数年が経過し海洋問題でも大きな状況変化があった。フィリピンが中国に対し起こした国際仲裁裁判である。その裁定は法的に中国側主張を完全に退けた。しかし依然中国による特異な活動は継続する。では日印でいかなる対応がとれるか。
 まず海洋における秩序の現状を確認したい。海洋というグローバルコモンズの自由で安定的な利用を支える国際規範の柱が国連海洋法条約(UNCLOS)で、海洋問題全般を定める海の基本法である。しかし近年、南シナ海や東シナ海で、既存の国際法に合致しない独自解釈で自国の権利を一方的に主張し、行動する事例が散見される。
 例えば国連海洋法条約に対する挑戦の顕著な例を取り上げる。中国は国際法上の根拠がない「九段線」を示し、南シナ海全域の歴史的領有権を主張し、多数の地形において急速かつ大規模な埋め立てを強行。対してフィリピンが二〇一三年一月に仲裁裁判を申し立てた。裁判所は二〇一六年七月に裁定を公表、「九段線」の歴史的権利について、中国に法的根拠なしとし、海洋環境の深刻な破壊も厳しく指弾。
 さらに、中国が二〇一二年にフィリピンから奪ったスカボロー礁と、既に人工島を建設した七つの岩礁は、いずれも「岩」または「低潮高地」と認定。今後、中国が開発を強行し形状が大きく変化しても、法律上の「島」に転化しないことが確定した。しかし法的拘束力を有する裁定を中国は「紙屑同然」と切り捨てたうえ、現在でも砲台、滑走路、格納庫、港湾、レーダー施設等の各種インフラ整備を強行している。冨山企画委員の発表にもあったとおりである。
 次に海洋秩序に挑戦する特異な軍事活動の例を挙げよう。東シナ海で中国海軍艦艇による海自護衛艦への火器管制レーダー照射事案(二〇一三年一月)。また自衛隊機に対する中国軍機の異常接近事案(二〇一四年五月六月)や、米軍偵察機への高速接近事案(二〇一六年六月)など、危険な行為が散見。さらに中国情報収集艦艇によるトカラ海峡領海内の遊弋事案(二〇一六年六月)や、南シナ海の国際水域で、米海軍の無人潜水機が中国に違法に奪取された事案(二〇一六年十二月)など、海洋秩序とは異質な行動が際立っている。
 それでは法の支配を悉く無視する中国にどのように対応するか。例えば国連総会の非難決議を両国で主導し国際社会の意思を示す、あるいは海洋法裁判所などを利用する。また、マラッカ海峡パトロール(MSP)、アジア海賊対策地域協力協定(ReCAAP)など既存の監視システムへの関与を強化する。さらに両国の軍事組織が主導する新たな監視の枠組み作りなども可能ではないか。要するに常に国際社会の注目を集めておくことが必要である。
 以上の発表に対しフロアから、実際の行動が重要で米海軍の「航行の自由作戦」への日印の参加を期待するとの発言があった。これに対し、継続した監視の枠組みを作ることを優先する、既存の多国間訓練(マラバール)を拡大することなどを具体的に説明した。

 

 

トランプ政権に「アクト・ウェスト」を求めよ

湯浅企画委員

 

003_cr ビベカナンダ国際財団から与えられた命題は、「存在感を増すインド太平洋」であった。すぐに頭に浮かんだのは、安倍晋三首相による一月半ばの豪州、東南アジアの計四カ国訪問の意義と、トランプ政権誕生後の訪米へとつなぐ日本の外交戦略であった。首相がこの歴訪で繰り返し述べたのは、「インド太平洋」という地理的概念を定着させようと努めていたことである。
 しかも首相は、地域覇権を追求する中国を念頭に、太平洋とインド洋の双方に面するオーストラリア、インドネシアとの安全保障協力を強化する一方で、訪問先ではないインドにもメッセージを送っていた。インドのモディ政権はすでに、東アジアとの戦略的な協調を求める「アクト・イースト」政策にカジを切っている。安倍首相はこれらアジアの意志をもって、米国のトランプ大統領に「アクト・ウエスト」を求めた。そこで、ビベカナンダでの私の報告は、日米豪印を軸とするアジア安全保障の枠組み構築の動きと狙いを探ることであった。
 まず、安倍首相が十年ほど前に、西太平洋とインド洋を「二つの海の交わり」としてインド議会で演説したことに注目した。植民地主義時代には、誰がインド太平洋の覇者になるかの争奪が起き、近年は急速に国力を伸ばす全体主義の中国が名乗りを上げた。戦後世界が民主主義の時代になっても、中国の思考パターンは十九世紀の権力政治の発想から少しも抜け出ていない。このまま中国の一方的な拡張を許せば、戦後の国際秩序が崩壊する懸念がある。そこで安倍首相は、中国の「力による支配」に対抗して「法の支配」を際立たせ、自由主義デモクラシーの価値観を掲げた。
 中国は高圧的な行動が逆効果にならないよう、海上シルクロード構想(MSR)とアジアインフラ投資銀行(AIIB)の資金により東南アジアを懐柔している。これらの構想は中国の経済目標を達成するためだけでなく、国家目標を実現するための効果的な“偽装”でもある。その意味からも、中国の意図を崩す環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)構想を、トランプ大統領が葬ったのは戦略的な誤りである。
 トランプ新大統領に「アクト・ウエスト」を求めるのは、オバマ前政権がアジア再均衡化の「リバランス」を掲げながら、行動が伴わずに中国に南シナ海の軍事化を許してしまったからだ。口先だけの「ルック」ではなく、抑止行動が伴う「アクト」が重要になる。大統領はビジネス上の「取引の技術」を外交に援用しようと動き出している。それが「取引」である以上、中国との経済的な妥協が成立すると、突然、安全保障政策を変更する可能性は否定できない。日本は日米同盟が基礎であるとしても、多国間の新しい安全保障枠組みでリスクヘッジを考えるべきだろうと結んだ。
 この所論に対しては、米ハドソン研究所のエリック・ブラウン研究員が「対中均衡のためにインド太平洋同盟は有用だろう」と応じていたのが印象に残った。

 

 

日本は何ができ、できず、そしてすべきか

島田企画委員

 

004_cr まず、安全保障に関する日本の現状を具体的に説明する。安倍首相のリーダーシップの下、二〇一五年九月に成立した新安保法で、一定の前進が得られた。新たに何が可能になったか。その具体例は次のとおりである。
(例1)自衛隊と共に警戒監視活動、共同訓練等に当たる米軍、インド軍など他国軍隊の防護。
(例2)ホルムズ海峡等における機雷除去。
(例3)「重要影響事態」下での米軍などへの後方支援。
 しかし、憲法上、日本にのみ未だ出来ないとされている事柄がある。
(例1)イスラム過激勢力IS等に対する武力攻撃。
(例2)「現に戦闘行為が行われている現場」では、米軍等への後方支援は行えない。
(例3)当事国の同意がない場合、自衛隊による在外邦人(北朝鮮における日本人拉致被害者も含む)の救出はできない。アメリカに依頼している。
(例4)攻撃(offense)的な武力行使は、「専守防衛」に反するため出来ない。
 では、日本は何をすべきか。
(1)攻撃力を全面的に米軍に頼る状況を改める。
(2)南シナ海における「航行の自由作戦」への参加。目下、域内諸国への「能力構築支援」に留まるが、海軍力の増強に努めた上、「負担の共有」(burden sharing)に努める必要がある。
(3)憲法改正。他国並みに攻撃や集団的自衛権の発動を可能にせねばならない。特に、「戦闘現場」になった途端、後方支援すら打ち切るというのは常識的には「敵前逃亡」に当たる。
 次に中国に対して。北朝鮮の移動式ミサイル発射装置の車両部分は中国製で、露骨な国連安保理制裁決議違反である。ところが、オバマ政権も日本の歴代政権も一切問題にしてこなかった。この姿勢を改めねばならない。
 そしてロシアに対して。安倍政権のロシアに対する積極関与策(engagement policy)は、中国の懐に追いやらないとの戦略に基づく限り、理解できる。それなら日本の要求を領土問題に限定せず、中露合同軍事演習の停止なども含めるべきだ。
 以上の発表に対し米印の参加者からは、安倍首相の対ロ政策はどこへ行くのか、南シナ海での「航行の自由作戦」にインドの参加も求めるのか、インド洋における日印の海洋安保協力について日本側に案はあるかなどの質問が出た。安倍政権への評価は概ね高かったものの、日本の憲法の制約については、改めて驚きの雰囲気があった。国際戦略対話を進めるにつれ、憲法の非常識さが浮き彫りになったと言える。