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2020.10.09 (金) 印刷する

「ポストINF条約時代:ミサイル脅威と日本の安全保障」 髙橋杉雄・防衛研究所防衛政策研究室長

 髙橋杉雄・防衛研究所防衛政策研究室長は10月9日、国家基本問題研究所の企画委員会においてINF条約後のわが国の安全保障政策について語り、櫻井よしこ理事長をはじめ企画委員らと幅広く意見を交換した。髙橋室長の発言内容は概略次のとおり。

いかに核戦争から人類滅亡を防ぐか。冷戦時代の脅威認識から、抑止論という概念の下、核兵器を管理しようとする動きの中、1987年INF条約が米ソ間で締結された。INF条約とは中距離核戦力全廃条約のことで、核装備可能な射程500km~5500kmの地上発射型ミサイルを撤廃する米露2国間条約のことである。

その後冷戦が終結し、9.11などのテロの脅威が高まると抑止論への関心は低下し、安全保障における核兵器の役割に関する思考が停止した。これがつまり、「核の忘却の時代」である。

しかし近年、中国が強大な経済力を背景に軍事力を激増させ南シナ海などで強硬姿勢をとり、ロシアはクリミアを併合するなど、大国間競争が復活。加えて、ロシアによるINF条約に違反するミサイル開発疑惑が表面化し、それを理由に米国が2019年、同条約を破棄し失効した。他方、中国、北朝鮮、韓国、インド、パキスタン、イランは、もともと同条約とは無関係に独自に中距離弾道ミサイル配備を進めてきた。

つまり「核の忘却の時代」は終焉を迎え「ポストINF条約の時代」が始まったのである。その特徴の一つが地域性であろう。欧州やアフリカなどと違い、北東アジアは、上述のように世界で最もミサイル密度の高い地域となっているのだ。

そのうち中国は、精密誘導兵器技術を発展させた弾道ミサイル能力を高め、内陸部に在日米軍基地(三沢基地や横須賀基地など)を模した施設を作り、攻撃目標を明確にし、より実戦に近い訓練を行っていることは注目に値する。

中国は、地上発射型の中距離弾道ミサイルシステム(INF打撃システム)を20年以上前から開発・配備・運用してきたが、米国はINF条約に縛られ、何もしてこなかった。北東アジアにおけるポストINF条約時代においては、ミサイルによる第一撃という面で、明らかな中国優位という状況におかれている。

そこで米国やわが国には、相手が優位な状況という安全保障環境に則した、新たな対抗策、すなわち抑止戦略が必要になる。抑止戦略を考える下敷きとして「セオリー・オブ・ビクトリー(勝利の方程式)」という米国の概念が有効である。仮に戦争になった場合、いかにすれば戦争目的が達成されるか。つまり、兵器の能力や戦術の優劣のみを云々するのではなく、戦争目的(政治目標)を達成するため国家の総力をいかに使い勝利に導くかという概念に近い。これを明確にしておけば、敵の戦争意思を抑止することにも繋がる。

たとえば中国の政治目標が台湾統一ということは自明であるが、人民解放軍の軍事作戦の指針としてのセオリー・オブ・ビクトリーは、前方展開する米軍への航空優勢と海上優勢の獲得である。そのため、弾道ミサイルと巡航ミサイルの第一撃で、地上航空基地と米空母を叩き、まず航空優勢と海上優勢を獲得し、宇宙・サイバー戦を併用しつつ優位な状況下で上陸作戦に勝利する。

これに対抗するセオリー・オブ・ビクトリーは、まず、相手の第一撃が優位であることを阻止するため、移動式ミサイル及び固定のミサイル基地を叩く。また敵の第一撃を受けた後なら、直接敵の航空基地を叩けば、航空優勢を阻止できる。

そのための装備として、米軍のシリア攻撃の際に効果が薄かったとされる、速度の遅い巡航ミサイルより、貫徹能力が高く速度の速い極超音速グライド兵器などの最新装備が必要になる。

このような観点からわが国は、セオリー・オブ・ビクトリーの概念を明確にして、抑止のための戦略と装備体系を、米軍とともに早急に整備しなければならない。

【略歴】
1972年、神奈川県出身。1997年早稲田大学大学院政治学研究科修士課程修了。2006年ジョージワシントン大学大学院修了。1997年より防衛研究所。防衛省防衛政策局防衛政策課戦略企画室兼務などを経て、2020年より現職。核抑止論、日本の防衛政策を中心に研究。主な著書に『新たなミサイル軍拡競争と日本の防衛 INF条約後の安全保障』(共著、並木書房、2020年)『「核の忘却」の終わり 核兵器復権の時代』(共著、勁草書房、2019年)など。

(文責・国基研)