例年通りなら櫻が開く時機ですがまだ蕾のままという、気温の低い日が続く気候の中、国家基本問題研究所(櫻井よしこ理事長)は、通算10回目となる名古屋講演会を3月26日、名古屋駅前にある名鉄グランドホテルにて開催しました。
今回の講師は国基研企画委員の湯浅博氏、司会は黒澤事務局長が務め、約1時間半の講演に続き30分の質疑応答という時程で進行。湯浅氏は前回5年前に名古屋で講演して以来の登壇でした。
「アメリカの衰退と日本の再起」と題した講演は、産経新聞紙上にコラム『世界読解』を執筆する講師ならではの、グローバルかつ客観性を重視した内容で、参加者にとって今後を見通す視座となったのではないでしょうか。以下、講演の概要を簡単にまとめました。
【概要】
演題にあるアメリカの衰退とは相対的衰退のこと。米国はGDPの世界比率で1位は保っているが、中国やインドといった国々が台頭著しいことで相対的衰退と表現した。それは経済だけの問題ではなく、軍事力や外交力にも言えることである。米国が相対的に衰退すると、もはや一強ではくなり、地域紛争に抑えが効かなくなるなど、国際情勢にも暗い影を落とす。
●冷戦以来最も危険な時代に突入
世界は3つの戦域に脅かされている。第1はウクライナ、第2はイスラエル、そして第3は台湾である。第1、第2は既に消耗戦に突入しており、西側が供給できる兵器・弾薬は不足している。加えて第3の戦域で戦端が開かれることは、西側特に米国としては避けたいところだ。
他方、中国も経済の減速が加速し外国投資が欲しいとの思惑があり、昨年11月の米中会談でデタントに合意したのだろう。しかし習近平氏が大中華帝国の復活という中国の夢を諦めない限り、これも一時的なものと考えた方がよい。
●米戦略の変化と抑止力低下
米国の4年ごとの国防計画見直し(QDR)における表現を借りるなら、クリントン政権の「2正面」からブッシュ政権の「1.5正面」に、そしてオバマ政権の「多様化する脅威」となり、トランプ政権の「大国間競争」で同盟軽視に、バイデン政権では「統合抑止」で同盟重視に、というように、政権が変わるごとに変化するため、次期政権への安易な期待は禁物である。
さらに、米軍事力のうち対中正面を担う海軍艦艇は、2050年までに355隻の計画もあるが、造船能力に不安を残す。他方、中国は2030年までに水上艦艇430隻、潜水艦100隻になるともいわれる。通常戦力に加え、核戦力でも差が縮まることから米国の対中抑止力は低下するだろう。
●中国の失速に要注意
ピークパワーの罠という言葉がある。国力のピークを迎えた新興大国が一転して衰退を始めると、迎える凋落を恐れて他国に攻撃的になるという。経済の失速期を迎えつつある中国の矛先が、習近平氏が武力行使を排除しないと何度も語る台湾へ向かう時、相対的な衰退を見せる米国は抑止できるのか。
11月に大統領選を迎える米国が、対中抑止のために最適なカードを切ることを期待するのではなく、日本は自ら為すべきことを為さなければならない。例えば、日米の同盟関係を強固にするため、日米安保条約を双務的なものに改正することが重要である。安倍政権時に集団的自衛権の一部が行使可能となったのであるから、憲法改正を待つ必要はないのではないか。
【講師略歴】
昭和23年東京生まれ。中央大学法学部卒。産経新聞社入社後、政治部、経済部で勤務。この間、大蔵省、外務省を担当。米国プリンストン大学ミッドキャリアープログラムを修了。その後ワシントン支局長、シンガポール支局長を歴任。現在は産経新聞特別記者、国基研企画委員兼研究員。産経新聞に『世界読解』などコラム執筆中。著書に『米中百年戦争の地政学』(ビジネス社)、『アフターコロナ 日本の宿命』(WAC文庫)、『中国が支配する世界』(飛鳥社)、『全体主義と闘った男 河合栄次郎』(産経NF文庫)、『吉田茂の軍事顧問・辰巳栄一』(文春文庫)など多数。 (文責 国基研)