米ヴァンダービルト大学日米研究協力センターのジム・アワー所長(元米国防総省日本部長)は10月7日、国家基本問題研究所で、日米関係と中国の脅威など安全保障問題全般について語り、同研究所の企画委員と意見交換した。同教授の主な発言要旨は次の通り。
民主党政権の評価
民主党政権の基本政治哲学はよくわからない。ある民主党議員によれば、少なくとも鳩山、菅両政権は保守主義政権ではない。鳩山元首相は「誰の話でも良く耳を傾けたが、決定が出来なかった」。一方、菅前首相は「誰の話も聞かず、自分の思いつきを述べただけ」という。野田現首相は党内融和の旗印のもと非保守派や小沢グループの政治家多数を内閣にとりこんでいる。また、別の議員によれば、「彼らに力を与えたのでなく、彼らの力を削ぐためである」というが、一理ある説明かもしれない。いずれにしても、新政権が保守指向を強めるかどうかを語るのは、時期尚早と思う。
政治レベルに比べ、自衛隊と米軍との関係は良好で、両軍の能力は極めて高く、東日本大震災の際には、トモダチ作戦を通して素晴らしい成果をあげている。ただ、軍の本来の任務は、災害救助にあるのではない。現政権が本当に強力な防衛政策を取れるかどうか、注視している。
南シナ海の領海化を図る中国
昨年の来日の際にも提起したのだが、中国の南シナ海政策に対し強い懸念を抱いている。中国は南シナ海全域を自国の領海として直接的、或いは暗黙のうちに主張している。これに対し、日本やアメリカ、そして他の諸国が異議を申し立てなければ、1年後、5年後、或いは10年後、中国は「誰も反対しなかったということは、我々の主張に同意されたということです」と言って、南シナ海を制圧するでしょう。私は日米両国に対し「共に立ち上がらなければいけない。中国による既成事実化を食い止めなければならない」と力説してきました。
12月5日には東京で関係国が参加する南シナ海セミナーを開催する予定です。このセミナーの中でも取り上げられるでしょうが、アメリカにとって悩ましいのは、パラセル(西沙諸島)、スプラットリー(南沙諸島)、尖閣諸島の主権問題です。尖閣については、沖縄返還の際、施政下の尖閣も日本政府に返還されており、アメリカは日米安保条約が尖閣にも適用されることを明確にしています。
アメリカから見ると、最も問題になるのは、中国が領海を拡張、経済水域を拡大していること、さらに中国の許可なしに排他的経済水域(EEZ)での軍事活動や軍艦の通航を認めない、としていることです。これは、公海の自由の見地からいってアメリカには到底受け入れられない。この点について、海上自衛隊と米海軍は見解が一致しています。
来月インドで開かれる会議(には私も参加します)ではこの問題を取り上げるでしょうが、インドの政策は中国に近い。つまり、インドはインド洋について、また経済水域の拡張について、自らの管理下におきたいとしていることです。インド洋への中国の進出に対するインドの懸念は分かるが、インドの国益には適わないと思う。排他的経済水域での軍艦の通航権を認めるよう、日米が共同してインドを説得するべきではないか。この問題について日、米、印が共同行動を取れれば、非常に強い抑止力になり、南シナ海の領海化を既成事実にしようとする中国に対する非常に効果的な回答になる。
米大統領選について
まだ占うには早いが、共和党については9人が立候補を表明した。民主党では悪化する経済状況のためオバマ大統領の人気はかなり落ちている。党内極左グループはオバマは余りにも保守的とみなしており、不満を表わしている。一方、共和党ではクリス・クリスティー・ニュージャジー州知事とサラ・ペイリン前アラスカ州知事が不出馬へ動いた。一方、ミット・ロムニー・マサチューセッツ州知事は集金力、組織力などですぐれ、世論調査でトップを走っている。ただ、モルモン教徒である点がマイナスとなっている。
また、ロムニー知事は州の医療保険制度を作ったが、オバマ大統領が国の医療保険制度をマサチューセッツに倣って作りたいと述べているのも、同知事にはマイナスだ。というのは、共和党がこぞって国の医療保険制度に反対しているからだ。動物の rhinoceros(サイ)をもじりロムニー知事は“rino (Republican in name only)” で、真の共和党員ではなく、名前だけと批判する共和党員もいる。リック・ペリー・テキサス州知事は経済政策で実績をあげており、世論調査で2、3位につけている。
私が興味を持ってみているのは、世論調査ではまだ下のほうにいる65歳の黒人候補、ハーマン・ケーンだ。数学の修士号を持っており、10年ほど海軍で弾道ミサイルなどのデータ分析に従事した。その後、全国的な展開をしているピザ会社の大株主となっている。大統領になれる候補者の一人だ。
米民主党政権に対する信頼度
オバマ大統領やクリントン国務長官が太平洋パワーとしてのアメリカのコミットメントを強調するが、問題は受け取り手、つまり日本人や韓国人がどう感じるかだ。私には皆さんの懸念が良く分かる。クリントン元大統領も、現大統領も自分にとって具合のいい言動はとるが、哲学のない、自己中心の人たちだと思う。ブッシュ前大統領と選挙戦を戦った際には、いわゆるリベラル系のニューヨーク・タイムズ紙やCNN放送、その他のメディアが自分たちには黒人に対する偏見がないことを示すため、オバマ候補に「フリーパス(無料乗車券)」を与えてしまった。
これらのメディアは、オバマ候補に対し決して「何を成し遂げようとしているのか」と迫ることはなかった。彼が言ったのは「チェンジ(変化)、チェンジ、チェンジ」ということだけ。どんなチェンジか、問うこともなかった。今や、共和党も無所属も、民主党員でさえオバマ大統領のチェンジはマイナスだったとみている。来年の大統領選では大きな問題になろう。
ふらつく中東政策
リビアに対し、アメリカは当初、軍事的な役割をそこそこ果たしたのだが、オバマ大統領は空爆などについてつまびらかにするのを好まなかった。米国が関与していることを否定しようとする一方、カダフィ大佐が追放されたとなると、途端にアメリカの関与が成果を上げたと自賛。立場がふらついている。このためオバマ大統領は信頼性を失ってしまった。民主化の見地からいえば、リビアはカダフィ時代よりはるかによくなった。イラクでもアフガニスタンでも民主化へ向けて進歩を遂げているが、さらに改善していくには米軍は撤収すべきではない。
だが、経済状況のためにアメリカには軍事的な余裕がなくなっている。今、連邦議会では12人の上下両院議員から成る特別委員会が編成され、軍事支出を含む大幅な予算削減が検討されている。私としては祈るばかりだが、防衛支出が大幅カットされるとなると、日本をベースにする第七艦隊も大きな影響を受けかねない。日米だけでなく、日、印、米の関係強化も探るべきだ。
台湾への武器売却
台湾へのF16新型戦闘機売却拒否は、米国の強さではなく弱みをさらけだした。中国は弱い米国を尊重しないだろう。ここでもまた、中国を勢いずかせてしまった。兵器競争をエスカレートするだけと批判する人がいるが、強い方がより安全なのだ。非難の声にさらされたのか、オバマ政権は台湾への追加武器供与を検討しているとの情報もある。
(文責 国基研)
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