国家基本問題研究所が平成23年10月末に「選ぶべき道は脱原発ではありません」と題する意見広告を主要紙に掲載すると、事務局に読者から多くの疑問が寄せられました。その疑問に対し、北海道大学大学院工学研究院の奈良林直教授(国基研客員研究員)が分かりやすく回答してくれました。
(1)自然災害と原発の安全性確保
【疑問】 原子力発電は今までは安全に運用されてきましたが、東日本大震災が発生して、安全な設備を構築することの困難さを実感したのではないかと思います。今回は大丈夫だった女川原発が次の地震で崩れないと保証できますか。日本各地の原発が地震に襲われた時を想像すると恐ろしい。日本は地震列島であり、自然の脅威に人間の力は逆らえないと悟るべきです。より安全性を向上させるといっても、火力発電所並みに安全性は向上しないのではないでしょうか。
【回答】 中越沖地震の際の柏崎刈羽原子力発電所および、今回の東日本大震災の震源に最も近い女川原子力発電所で、安全上最も重要な耐震Sクラス、耐震Aクラスの原子炉建屋や原子炉系の機器、配管に損傷は見られません。我が国の原子力発電所の耐震設計や耐震補強工事の妥当性が証明されました。
次に同規模の巨大地震があったとしても、今回と同じ地震動を受けて建物が崩れることは起こらないと判断できます。今回の大震災で原子炉建屋が水素爆発で破損したのは、津波に対する備えが甘かったためです。耐震Cクラス(一般の建築物と同じ設計)の受電設備の碍子などが破損して外部電源喪失となりましたが、電源盤やモータなどの電気品を設置していた場所の水密性(防水性)が無く、海水の浸入により使用不能になったことが致命傷でした。非常用炉心冷却系などの重要な冷却系が作動せず、炉心損傷で水素を発生し、炉心溶融を引き起こしました。バッテリー室に海水が侵入したり、バッテリーが枯渇したりして、中央制御室の制御盤が誤作動を起こし、圧力や水位、温度などの重要な情報を得ることができなくなりました。
一方、敷地が高く、あるいは津波対策工事を実施していた福島第一の6号機、福島第二、女川、東海などの原子力発電所は非常用ディーゼル発電機や緊急炉心冷却系が作動し、事故を未然に食い止めました。これらの事例も含めて今回の事故の要因の技術分析をすることにより、電気品を設置してある部屋への海水侵入を防止すること、高台に電源車や発電機を設置して電源を多様化することで、このような事故の再発を防止できることが分かりました。
決して自然の脅威に対して対策が取れないということではありません。既に国からこのような対策の指示は出され、各発電所で対策が実施されておりますが、これらをしっかり確認することがストレステスト(津波などの自然災害に対する耐性評価)です。
福島第一の原発事故は、ご指摘の通り、決して起こしてはならない恐ろしい事故でした。地元の皆様に取り返しのつかない被害を与え、国民の皆様へ大きな不安を与え、世界中の原子力発電に対する厳しい世論を喚起しました。我が国の原子力に関係する全ての人の猛省を必要とするものです。
ヨーロッパでは、フィルター付きベントといって、原発が万一事故を起こしても放射性物質を濾し取って地元にはご迷惑をかけない設備が設置されておりました。チェルノブイリ事故の教訓をしっかり活かしていたのです。
このような設備が我が国の原発には設置されていませんでした。地震の揺れの議論に終始し、津波に対する備えが甘かったこと、格納容器内のプール水を用いたウェットベントだけでなく、放射性物質を濾しとる抜本的な設備の欠落が事故の被害を大きくしてしまったのです。「過酷事故(重大な事故)は絶対に起こさない、万一の事故でも地元にはご迷惑をかけない」という強い決意の下で全国の原発の安全性を抜本的に高める取り組みが必要と思います。
ストレステストが完了するまで再起動を認めないとする菅直人前首相の法的根拠の無い判断の下で、全国の原子力発電所が運転停止に追い込まれています。東北地方の太平洋沿岸に位置する火力発電所も同様に被災して発電不能になっています。大型火力発電所の1階は津波が侵入し、電源盤などが海水でやられ、瓦礫だらけの状態となりました。原子力発電所の停止により電力需給は逼迫し、来年夏はもっと厳しい事態に陥るでしょう。首都や大都市の交通機能、病院の生命維持装置、食品製造などが危機的な状況になることは、ニューヨークの大停電の事例があります。これもまた恐ろしいことです。
(2)原発事故の「人災」と原子力の安全規制
【疑問】 他の地域の原発で今後、福島原発事故と同じ「人災」によって絶対に事故が起きないと言い切れるのでしょうか。人災はあらゆる事故に言えることで、完全に防ぐ事は不可能と思います。
【回答】 米国スリーマイル島の原発事故、チェルノブイリの原発事故、そして今回の福島の原発事故のいずれもが、弁の開け忘れのヒューマンエラー、規則違反、津波に対する安全規制と事前の準備の甘さに起因するものですから、人災によるものと言っても過言ではありません。自動車事故で多くの人命が失われているのも、その大部分が人災です。したがって、一般論では人災を完全に防ぐことは不可能かも知れません。
しかし、人災を防ぐための設備の対策によって類似の事故を抜本的に撲滅することはできます。原子力発電所の多くの機器の操作はインターロックといって人的な操作ミスを防止する機能を備えています。スリーマイル島の原発事故以降、万一の事故でも、原発が自分で事故を収束させることができるような次世代の原発を開発してきました。自然空冷や水の蒸発を利用して原子炉を冷却するものです。チェルノブイリ原発事故の教訓として欧州の原発に設置されたフィルター付きベントも事故による被害をほとんどゼロにする設備です。
今回の福島原発について言えば、スリーマイル島原発事故以降に開発された自然冷却の機能や、チェルノブイリ原発の事故の教訓が設備の導入という形で活かされていなかったのです。人的操作を不要とする事故の自動収束、周辺への放射能被害の最小化という機能を今後の我が国の原発に設置したいと思います。
フランスやスイスの原子力発電所の過酷事故対策を調査しました。放射能を濾しとって地元への被害を1000分の1に低減するフィルタードベントの設置はもちろん、多くの電源や冷却系の追加による安全性の向上が図られています。事故時のベント手順書の完備、電源が無くても長いシャフトで放射線の被曝をせずに弁の開閉ができる仕組みなど、入念な配慮がなされていました。
これらの過酷事故に対する真剣かつ効果的な取り組みが、我が国の規制当局や事業者の双方に欠けていたことが、事故の拡大を防げなかった原因であり、これが広い意味での「人災」であると判断せざるを得ません。今後の我が国の原子力の安全規制の抜本的改革と、事業者の猛省と、それに基づく安全文化の徹底を図ることが重要です。皆様の厳しいご意見は当然です。
我が国の原子力規制は4階建てのビルの高さに相当する膨大な書類の作成を強いられ、そのような書類の隅々までチェックするということであたかも安全性が確保されると錯覚していたのです。自然災害に対する深い洞察力があれば、地震に続く津波による電源盤や制御盤の機能を維持するための水密化(防水措置)や、高台への電源車やバッテリーの設置ということを実行できていたと思います。
平成19年度の原子力安全基盤機構の年報に、津波による電源盤の機能喪失が指摘されていました。この指摘に基づき、迅速な津波対策を行うべきでした。それを行わなかったことが、安全規制の「人災」です。欧米では、常に新しい知見を取り入れつつ、書類審査ではない、規制側の抜き打ち検査と、その結果の公表を行うことによって、安全性を確保する緊張感と最新の知見の反映した科学技術的かつ実効的な規制と検査、透明性の確保を実現しています。
欧米と韓国の原子力の安全規制は既に新しい制度に移行しています。書類重視の硬直した安全規制制度を続けているのは我が国だけです。我が国の原子力の安全規制も、このような新しい規制制度を取り入れ、規制側も事業者も生まれ変わることが必要です。
(3)高レベル廃棄物の処理
【疑問】 高濃度の放射能廃棄物が今後永遠に出続けます。この廃棄物が何千年、何万年と残る現状をどうするのでしょうか。廃棄物の最終処理、放射能の除去などの技術は、全くありません。ただ原発を造るばかり。廃棄物処理の技術が先でしょう。最終処分場は原発開始以来数十年にわたり不在です。永遠に中間処分場等に置いておくことはできません。
【回答】 核分裂生成物は、原子力発電所の運転を止めたとしても使用済み燃料の中に閉じ込められています。これを再処理して燃料として再利用(リサイクル)するものと高レベル廃棄物に分けて、後者をガラス固化体とし、ステンレスの容器に収納して安全な状態とすることが必要です。高レベル廃棄物は40年で1000分の1、150年で1万分の1、800年で10万分の1、3000年で100万分の1にまで減衰します。決して永遠に出続けるものではありません。1万年たてば元のウラン鉱石のレベルまで戻ります。
現在は地下 300m 以下の深地層に埋設処分する計画になっていますが、まずは40年から150年間、しっかり管理の行き届いた建物の中で保管し、放射能レベルを1000分の1~1万分の1に弱めてから、十分な研究と議論を経て処分方法を決めるべきだと思います。既に建物の中に保管するということは実現されており、自然空冷で安全な状態で管理保管されています。
六ヶ所村の再処理施設はガラス固化体を作るメルター(溶融炉)の安定的な作動を確保する取り組みがなされておりますが、フランスでは既に商業的規模で世界中の使用済燃料の再処理が行われています。技術が全く無いというのは間違った認識です。
人類が猛烈に使用している化石燃料はあと100年から150年で枯渇するといわれています。ワットの蒸気機関の発明以降、たかだか300年で、約3億年かかって蓄えられた化石燃料を使い切ってしまうのが人類です。100万倍の速さで化石エネルギーを消費していて地球上の人類が生活しているのが現状です。世界人口は70億人。エネルギー自給率がわずか4%の日本が、これからのエネルギー争奪戦を生き抜いていくには、再生エネルギーだけでは足りないのは明白です。
高レベル廃棄物を全量回収して保管できる原子力、大気に二酸化炭素を放散して地球環境を壊してしまいかねない火力発電、税金や電気代で補助しないとコスト的に普及しない我が国の再生エネルギーのいずれも課題があり、広い視野から人類の将来を見据える必要があります。
(4)再生エネルギー・新エネルギー・核融合
【疑問】 現時点では、原発にはそれなりのメリットがありますが、将来的にはそのメリットが失われる確率が高いと私は考えています。その根拠は、レーザー核融合とメタンハイドレートの2つです。レーザー核融合はまだ先の技術です。しかし、50年後ぐらいには、実用化の目処が立つのではないかと期待しています。では、それまでの期間をどうするのか。それがメタンハイドレートです。来年2月に愛知県沖で試掘が始まります。その埋蔵量は約100年分と試算されています。
【回答】 核融合技術は大いに期待され、国家プロジェクトとして膨大な予算を投入して開発が続けられてきました。レーザー核融合もその1つで大阪大学に巨大な施設が作られましたが、十分な核融合反応を得ていません。核融合反応の原理的な確認に成功したトカマク型の国際熱核融合実験炉(ITER)に集約されました。
しかし商業レベルで運転しようとすると、現在実在する金属の約10倍の熱を受けても溶融しない金属や、強い中性子を受けても損傷しない材料の開発などの技術的な壁があって、それらが解決できる見通しはまだ得られていません。これらの材料開発には200年かかるという説があります。ITER開発は推進すべきですが、商業レベル規模の核融合発電所は依然として夢の技術です。
メタンハイドレートも既に20年以上前から開発が進められ、試掘も行われてきました。しかし、メタンが水に溶け込んでハイドレート化(氷状の結晶化)しているため、そのまま掘削して採取しようとすると、1000mの海底から重い氷を持ち上げることになり、その採掘に必要なエネルギーはハイドレートから得られる燃料のエネルギーを上回ってしまいます。コストではなくエネルギー収支比(EPR)的に成立しないのです。
このため、真空ポンプで圧力を下げてメタンを蒸発させるなどの方法が試みられてきましたが、困難を極めています。地球温暖化を心配する立場からは、海底に閉じ込められた温暖化ガスであるメタンをどんどん掘り起こしてしまって良いかということも考えなければなりません。
米国ではシェールガスといって岩を水圧で砕いて天然ガスを採取することに成功して「シェールガス革命」に沸き経っていますが、農家の井戸から天然ガスが噴出して火災になったという事故も発生しており、大気中に多量のメタンが出てしまうことによる地球環境への技術アセスメントが必要です。
太陽熱発電、海洋温度差発電、波力発電などはサンシャイン計画、ムーンライト計画の国家プロジェクトで開発が推進されましたが、いずれも商業的なレベルに到達せずに終了しています。
太陽熱はミラーや集光器に新しい素材が適用されて新しい可能性が見えています。地熱発電は、実用化されていますが、2年に1 本のペースで約5億円の蒸気井戸を掘らなくてはならず、規模の小さな発電所の経営を圧迫します。2年もすると井戸のパイプの内面に年輪のようにシリカが付着して、蒸気の流路を狭くするのです。蒸気中には亜硫酸ガスなどの腐食性気体を含み復水器を腐食するほか、復水器の真空度が上がらないため蒸気タービンの効率も上げられません。
これらの開発を推進することは必要ですが、これらに過大な期待をして原発技術を捨て去ることは、国家の基幹エネルギーの1つを放棄することになり、国家の存亡をかけてしまうことになりかねません。しっかり成立することを確認してから、エネルギー計画に組み込む必要があります。
再生エネルギー法が成立しましたが、これらは太陽電池パネルや風力発電所に投資できる企業や電力会社のメリットになるものの、一般の消費者には税金や電気料金の値上げで負担がかかってきます。300万円の太陽電池パネルを屋根に乗せることができる裕福な人はそう多くはないはずです。150万円の補助金が付けばそれは税金です。一般庶民から投資を受け、大企業や裕福な家庭にお金を吸い上げるゆがんだ経済のしくみを「再生エネルギー法」が作りだすのです。
このしくみを「フィードインタリフ」と呼びますが、ドイツはこれを10年やって太陽光はわずか1.9%しか普及していません。19%にするには単純計算で100年かかります。技術革新でコストダウンが進めば100年はかからないかもしれませんが、投資効率が低いエネルギーに過大な投資をすると国家経済をゆがめます。ドイツでは1兆円企業ができましたが、電気の買い取り価格を下げたら途端に収益が悪化しました。スペインの太陽光もうまくいっていません。
これらの実態を日本のマスコミがほとんど報道しないので、再生エネルギーで日本は救われると国民は錯覚しているのです。現実は厳しいです。メタンハイドレートは国の研究機関が既に20年以上の研究開発を行ってきています。様々な技術開発が必要でしょう。
国家のエネルギー計画を決めるのに「期待」だけで論ずるのは危険です。「実績」や「技術の影」の部分もしっかり把握して10年以上時間をかけて議論して決定すべきだと思います。(了)
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