公益財団法人 国家基本問題研究所
https://jinf.jp/

最近の活動

  • HOME
  • ニュース
  • 「TPPと新アジア戦略」について意見交換 田久保忠衛 杏林大学名誉教授(国基研副理事長)
2011.12.16 (金) 印刷する

「TPPと新アジア戦略」について意見交換 田久保忠衛 杏林大学名誉教授(国基研副理事長)

 杏林大学の田久保忠衛名誉教授(国家基本問題研究所副理事長)は12月9日、同研究所で、「TPP(環太平洋戦略的経済連携協定)と新アジア戦略」について語り、同研究所企画委員と意見交換した。田久保教授の主な発言要旨は次の通り。
 TPP反対論に対しては三つに分類して考えたい。第一は、ペリー来航以来、日本がアメリカの陰謀でずたずたにされたという議論だ。日本がアメリカとの関係を持つようになったのは、日露戦争後からである。そのきっかけは、1)日本が日露戦争に勝利したから 2)日本が満州というマーケットに重大な関心を抱いたから 3)アメリカで日本人移民に対する人種差別が行われたから、などが挙げられる。日英同盟の歴史をみても明らかであり、TPP反対論者が言う、ペリー来航以来日本が骨抜きにされたという陰謀論はあてはまらず、やはり元は日露戦争にある。
 第二に、農業や畜産、電子機器、医療などの問題は、事務レベルで国益に照らして個々の交渉を進めればよいことである。

ヘッジング政策へ転換
 第三に、そして最も重要なことは、TPPを戦略的にどのように位置づけるか、である。アメリカの対中政策はG2論が言われ、HEDGING (ヘッジング、保険)よりENGAGEMENT(インゲージメント、関与)政策の方が強い時期があったが、中国の様々な挑発行動や朝鮮半島の緊張からヘッジングに大きく転換してきた。これが決定的になったのが、先月のオバマ大統領のキャンベラ演説やインドネシアでの東アジア首脳会議であり、その下敷きになったのが「FOREIGN POLICY」誌に発表されたクリントン国務長官の論文「アジアの世紀」である。
 アメリカはこれまでの10年間、イラクとアフガニスタンに忙殺され、その間、中国が軍事的に大幅に増強してきた。しかし、両国からの部隊削減、或いは撤退方針が決まり、オバマ政権は豪ダーウィンへの海兵隊常駐などアジア防衛強化に乗り出した。

TPPは対中戦略の一環
 TPPに反対する人は、反グローバリゼーション(ヒト、モノ、カネが国境を越える)を主張するが、大統領も国務長官も共に「法の支配や貿易ルールを順守しないのを認めるわけにはいかない」と明言している。(それでも、TPPに反対する理由はあるのだろうか)。このルールに一歩ずつ近づけ、中国を国際ルールに従わせようとすると、中国の解体は半ば必然になるのではないか。毛沢東以下の中国の指導者が嫌った「和平演変」の文脈で米政策の転換をみる必要がある。このところのハワイ―キャンベラ―ダーウィン―バリ島に及んだオバマ大統領の足跡を分析して「東南アジアと結び、中国に対する軍事的優位を保つ戦略上の重要な一要素だった、それがTPPである」(豪ローウイ国際政策研究所のアンドリュー・シアラ所長)という。こうした戦略的発想が日本には欠けている。

ミャンマーは賢明な道へ
 アメリカの新たなアジア戦略との関連で、指摘しておきたいのは、
1)アメリカは予算削減、防衛費削減などに直面しているが、総合的に考えれば、まだアメリカに並ぶ国はない。従って、アメリカが衰退、或いは崩壊などという、乱暴な議論をしてはいけない。アメリカはイラク、アフガニスタンからの撤退で「内向き」になるのではないかとの懸念もあったが、オバマ大統領は「アジア・太平洋地域を犠牲にするような国防予算の削減はしない」と明言しており、アジア・太平洋地域から手を引くことは考えられない。2)オバマ大統領はキャンベラ演説でダーウィンに米海兵隊を常駐する方針をあきらかにしたが、ダーウィンの右目はティモール海、南シナ海、左目はインド洋に注がれ、明らかに中国に睨みをきかしている。また、インドネシアにはF16新型機24機売却を決め、バリ島からミャンマーの民主化運動指導者のアウン・サン・スー・チー女史に電話するなどのシグナルを送っている。3)ミャンマーが一直線に民主化されるとは思わない。しかし、ミャンマーは民主化へ向かってもう引き返せない地点まできたのではないか。後は徐々に中国から引き離すだけである。インドにとってミャンマーは東南アジアの入り口にある。地政学的にミャンマーだけは中立化させたい、というのがインドの基本的な外交政策である。これが実現の一歩手前に入った、と言える。4)冷戦後に出来た四つの共産主義や独裁主義国家(中国、ベトナム、北朝鮮、ミャンマー)のうち二つが中国から引き離されようとしている。残るは中国と北朝鮮だ。ミャンマーは独裁を続けても飯が食えないことに気づき、賢明な道を歩み始めたが、残る二カ国も暴走か軟着陸かの選択を迫られるだろう。

(文責 国基研)