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2012.02.24 (金) 印刷する

「日印原子力協定交渉」について意見交換 金子熊夫 エネルギー戦略研究会会長

 外交評論家で、エネルギー戦略研究会会長の金子熊夫氏は2月24日、国家基本問題研究所で、「日印原子力協定交渉」について語り、同研究所企画委員と意見交換した。金子氏は初代の外務省原子力課長を務めた元キャリア外交官である。氏の主な発言要旨は次の通り。

原子力損害賠償法がもう1つのネックに
 懸案の日印原子力協定は、昨年12月、野田首相が訪印、マンモハン・シン印首相との間で、交渉を再開してなるべく早い妥結を目指して努力することで一致したが、その展望はただ今現在必ずしも明るくない。
 その理由は様々で、インドが核不拡散条約(NPT)非加盟であることによる一連の政治的問題点(とくに核実験問題など)をめぐる意見対立が最大のネックであるが、その他の問題点としては、インドが2010年に議会で可決した原子力損害賠償法の問題がある。一般に原子力発電所の事故の場合、原発の運転事業者(電力会社)が損害賠償の責任を負うというのが国際的な大原則だが、インドでは運転事業者だけでなく当該原発設備や機器を製造し、供給した企業(海外の原子力メーカー)にも責任を負わせている。これは、1984年、ボパールで起きた化学工場爆発事故(有毒ガスのため15,000人から25,000人が死亡。史上最悪の化学工場事故とされる。親会社である米ユニオンカーバイト社と今も係争中)の苦い経験があるからである。原発の大事故による損害賠償は莫大な金額になり、これはインドの原発会社だけでは負担できない惧れがあるので、当該設備や機器を供給した外国企業(例えば、日本の場合は東芝、日立、三菱重工など)が責任を持ってくれという仕組みになっている。 
 したがって、仮に今後政府間の協定が締結されても、このようなインドの原賠法の下では、メーカーが恐がってインドには原発輸出できないという状況になるかもしれない。そのため、もし民間企業レベルで折り合いがつかなければ、最終的には政府レベルで何らかの解決方法を見つける必要があるかもしれない。原子力企業が国営か準国営であるロシア、フランス、韓国などの場合は何とかなるだろうが、純然たる民間企業である日本や米国(GE、ウエスチングハウス社など)の場合は厄介な問題となる。この辺は、今後政府間や民間企業の政策判断にかかってくると思われる。

NPTに絡む諸問題
 日印原子力交渉の最大のハードルは、言うまでもなく、インドがNPT非加盟であることに起因するもので、大きな障害になっている。この点について言えば、NPTに対する日本の基本的なスタンスや対応にも問題があると思う。詳論は省くが、一言で言えば、そもそも日本のNPTに対する態度が、あまりにも原理主義的で、硬直的なところにも問題がある。NPTは日本人が一般に考えているような核廃絶、完全核軍縮を規定した条約ではなく、5カ国(米露英仏中)の核兵器保有を公認している仕組みであるから、この条約をいくら厳守しても核問題は片付かない。
 そもそもインドがNPTに入らないのは、国家の安全保障上の止むを得ない理由のためであって、日本とは置かれている国際安全保障環境が大きく異なることを理解する必要がある。隣国のパキスタンが核を保有しているうえ、その背後にいる中国はNPT上「核兵器国」として特権的な地位を認められ、現実に膨大な核兵器を所有している。450発前後と推定される核兵器の半分はインドを狙っていると見られる(残りの半分は日本と台湾に照準を合わせている)。しかもその中国はNPT上、いくら核兵器を持ってもお咎めなし、国際原子力機関(IAEA)による査察も免除されている。このような不平等かつ差別的な条約には到底加盟できないとするインドの立場は理解しなければならない。
 核廃絶が人類の悲願であるということは間違いないが、いつ実現するかわからない。実現しない以上、核を持って対抗せざるをえないと考える国があることも確かである。日本の場合は、唯一の被爆国として、NPT参加、不参加以前に、1960年代に「非核三原則」を作って自らの手を勝手に縛っている。他方、中国などの核の脅威に対しては、日米同盟に基づき米国の核抑止力(いわゆる「核の傘」)に依存する政策をとっている。インドはいずれの国の「核の傘」にも入らず、自らの核抑止力を必要としている。こうした国家の基本的な安全保障政策上の違いが存在することを日本人は冷静に認識すべきで、自らの被爆体験に基づく非核政策をインドに一方的に強要することは出来ない。そういう意味で、日印原子力協力問題は、原子力やエネルギーなどの技術的な、矮小化された視点から論ずるのではなく、もっと広範かつハイレベルの国家安全保障問題として捉え、そうした観点から徹底的に議論すべき問題である。日印の「戦略的パートナーシップ」とはまさにそのような問題意識に基づくものであり、原子力協力抜きでは真の日印友好関係はありえないことを悟るべきだ。

日印原子力協力の利点
 日本では、3.11福島原発事故で、軽水炉による原子力発電そのものが存廃の危機にあるが、そのほか、福井の高速増殖炉「もんじゅ」や青森・六ヶ所村の再処理施設も技術的なトラブルから大きな障害にぶつかっている。もし一時的な感情(ヒステリア)から国が「脱原発」の方向に舵を切るようなこととなれば、今後日本国内では高速増殖炉などの研究開発もやりにくくなる惧れがある。
 一方、インドでは高速増殖炉計画にも極めて意欲的で、世界でもトップクラスの実力を付けつつある。したがって、日印原子力協力のもつ意義は、単に原子炉(軽水炉)を日本からインドへ売るというビジネス・インタレスだけにあるのではなく、こうした高速増殖炉開発や次世代の原子力平和利用のための研究開発面でもいろいろな可能性があり、大いに協力関係を推進すべきである。

(文責 国基研)