10月12日に発生した埼玉県新座市の地中ケーブル火災は、同日午後3時30分過ぎに都内で最大37万件の大規模停電を引き起こした。午後4時25分までに停電は解消したが、都内では、交通信号の消灯による大渋滞も起こった。10月14日付の電気新聞は「国の中枢である霞ヶ関の各省庁に停電が及んだ」と報じている。
経済産業省の肝煎りで2015年4月1日に設立された発送電分離の先兵である東京電力パワーグリッド(PG)社の設立早々の大失態である。しかし、この事態は、専門家の間では、盛んに懸念され、危惧されていた。筆者もその指摘をした1人である。停電が長引けば、通勤はできない。工場のモーターもサーバーも止まる。病院の生命維持装置や透析機器、保育器なども止まる。非常用発電機の燃料タンクの大きさは安全上の理由で消防法の規制があり、数時間しか持たないから、停電が長引けば、命の危険に直結している。
埼玉県新座市の1カ所の洞道(送電線などの地下専用通路)内で、絶縁劣化したケーブルが焼損し、その影響が都心の政府中枢まで及んだのが原因だったが、ニューヨークの大停電と酷似している。
●ニューヨークの教訓は生かされず
2003年8月14日12時15分にニューヨークで発生した大停電は、送電網監視機能の異常により一部を手動に切り替えたところ、送電網が不安定となり、樹木と送電線の接触事故も重なって、米大手電力企業ファーストエネルギー社(FE)の電力監視システムのサーバーがダウンした。これ以降、連鎖的に送電網の過電流による遮断が広がり、基幹送電線などが次々に遮断して、午後4時過ぎには、大都市ニューヨークを含むアメリカ北東部からカナダ南東部までの広大な地域で大停電となった。
ニューヨークでは過去何度も大停電が起きているが、この時は、原発約60基分に当たる約6180万キロワットの電力供給に支障が生じ、約5000万人が停電の影響を受けた。被害額は40~60億ドルにも及び、北米史上最大の停電となった。
なぜ、このようなことがニューヨークで起こったかというと、米国で実施された電力自由化により発送電分離が行われたからである。送電会社が利益を上げるには、設備投資をしないで、現在ある送電線を使い続けようとする。電気は石油のように備蓄ができず、発電したら、ほぼ同時に消費しなければならない。先物取引のような投機の対象にはならないから、一定の送電量のなかで利益を上げるには、設備投資を絞るしか無いのである。
今回、東京で起きたような大停電の発生は、東電管内だけではない。中部電力管内でも今年の3月と9月に広域大停電が起きている。9月6日のケースは落雷が原因で、愛知県、岐阜県、三重県、静岡県、長野県にまたがり、原発4基分の大規模停電で、長野新幹線も停止した。
●全量買取制度が安定供給の障害に
我が国では、2000年ころに経済産業省が電力自由化の音頭を取ったが、ニューヨークの大停電が重なったことで、いったんお蔵入りになった。しかし、2011年3月11日の東日本大震災にともなう福島の原発事故をきっかけに、経済産業省は念願の電力自由化という電力会社支配の宝刀を手に入れた。
ところが、全量買取制度(FIT)による太陽光や風力の発電が普及したことで、送電線を流れる電流は極めて不安定になった。電気の潮流と呼ばれる流れの向きは四六時中、右往左往している。この電気の変動を補っているのがガスタービン発電である。最新鋭方式の火力発電で、ジェットエンジンを大きくしたようなタービンを回す。排熱も蒸気を発生させて発電するため効率が高く、複合発電と呼ばれている。このガスタービン発電機は、太陽光の大幅普及による電力の不安定化を補うため、まるで戦闘機のタッチアンドゴーのような過酷な運転を強いられている。また、約50年前の老朽火力も総動員されている。
3.11以降、基幹電源であった原発を止められている電力会社は、原発の安全対策に膨大な設備投資を強いられる一方、再生可能エネルギーの増加で、不安定になった送電網の設備投資ができないでいる。電気を運ぶ送電線は、流せる電流の上限がある。それを超えれば、焼損するか、送電網の各所にある変電所のスイッチで遮断するしかない。
自動車の道路に例えれば、渋滞だらけの大都市の道路や、東名高速のような高速道路が5月の連休やお盆、年末に大渋滞するのと同じである。送電網にも、第二東名高速が必要なのだ。この工事費用は本来、太陽光や風力の発電事業をやっている会社が負担すべきものだ。電力自由化で大阪の人が東京の電気を買うようなことをすれば、東阪間の送電線の渋滞は増える。
電気を理想的に使うには、地産地消が最も良い。電力自由化の失敗は、遠いところの電気代は距離に比例して高くすることをしなかったからだ。不安定な太陽光や風力による発電にはバッテリーの設置を義務づけるべきであった。これをやらないで20年間のぼろ儲け契約を国がしてしまったので、電気を必要とする一般家庭の大多数が、太陽光事業をやっている少数の大会社のぼろ儲けのために電気代として貢いでいるのがFITシステムなのだ。FITは現代における合法的な搾取システムだと陰口をきく人もいる。
皆さんがどのくらい払っているかは、電気料金のお知らせの再エネ賦課金を見れば良い。太陽光が普及すればするほど増えていく。やがて電気代は倍になるとも言われている。全国の美しい山林が伐採され、太陽光パネルと風車がどんどん建設されている。一度契約すれば20年間、絶対損をしない金融商品となっている。ネットには、「利回り15%!」などと、太陽光事業の分譲投資を呼びかける広告が氾濫している。
●「再エネ貧乏」となったドイツ
さて、このような世の中が行き着く先はどこかと言えば、再生可能エネルギーが普及したドイツを見ればよい。太陽光は1日のうちで効率よく発電できるのは晴天が続いたとしても6時間くらい。つまり24時間の4分の1だから25%。これに晴天になる確率の50%を掛けると、たかだか12.5%にすぎない。
我が国の太陽光の設備利用率は12%、ドイツは10%。それでは、太陽光が陰ったとき、風が吹いていないときの電気は何で発電しているかといえば、ドイツは露天掘りの石炭か質の悪い褐炭を大量に使う火力発電である。このため、ドイツは太陽光と風力を増やしたにもかかわらず、二酸化炭素の排出量は史上最高を更新している。しかもドイツ国内の原発8基をフル稼働、フランスの原発の電気も受電してどうにか電力網を安定化しているが、停電頻度も日本の10倍と聞く。
電気代が高くなって、製造業の大企業は隣国チェコに移転し、電力需用が増えたチェコは、また石炭火力発電所を建設して、煙がもくもくといった写真がインターネット上にあふれている。再生可能エネルギーをなぜ普及させるかといえば、二酸化炭素の排出を減らせると思ったからだ。それが逆に二酸化炭素を増やすというなら、やっても意味が無い。山林を伐採したから、二酸化炭素の吸収量も減っている。これを「グリーンパラドックス」と呼ぶ。
ヨーロッパの「風の通り道」のドイツは、週末の夜間は風車がガンガン回って電気が余る。夜間はドイツ国内の電力需用が少ないから、電力自由化のもとでは、日本円換算でキロワット時あたり20円で買い取ったFITの電気は、買い手がつかないから同4円でたたき売られる。この逆鞘分はだれが払っているかといえば、一般家庭なのである。ドイツでは、これを「再エネ貧乏」と呼んで、メルケル首相の評判を落としている。
さて、発送電分離の失敗はニューヨークを、FITの失敗はドイツの例を見れば分かる。こんなに分かり易い前例があるのに、なぜ経済産業省が電力自由化にのめり込んだかと言えば、電力会社を支配下におきたい役人根性からではないか。今や、国益を考えて、国を背負って頑張る真のエリート官僚はいないのだろうか。
●官僚任せで国は救えない
日本原子力研究開発機構の高速増殖炉「もんじゅ」(福井県敦賀市)を蹴落とし、フランスの高速炉に前のめりになって、高い請求書を見せられて青くなっているのも経済産業省である。我が国はなぜ、こんなに情けなくなってしまったのか。工学的な技術者を軽視し、経済学者と東大法学部の官僚にばかり任せてきたツケだ。電気エネルギー、もんじゅ、核燃料サイクルの空回りが始まっている。机上の空論からは抜け出すべきだ。