立憲民主党、公明党のほか、自民党の一部が賛成してゐるといはれる選択的夫婦別氏(別姓)制度の導入が現実味を帯びてきた。私は夫婦別氏を認めることに反対し、平成22年2月1日、令和3年6月28日及び令和6年9月10日の「今週の直言」で、その旨を主張してきた。反対の理由は、夫婦別氏が認められると、子の名字が父または母と異なることになり、家族の一体性が損なはれるからである。複数の子供がゐる場合、兄弟間で名字をどうするのか、複雑な問題が生じ、社会的な混乱を巻き起こす。
注意しなければならないのは、夫婦別氏は「選択的」であるから嫌なら同じ名字を選択すればよいし、多くの夫婦は同じ名字を選択するから、大きな問題にならないといふ賛成論である。しかし、これは家族の一体性の問題と密接に関はる法の原則の問題であつて、安易な制度導入は厳に慎まねばならない。
通称の併記に不便さも
一方、夫婦別氏賛成論者の中で、現実問題として結婚に際して名字を変更するのは圧倒的に女性が多く、同氏制度は名字を改めた者の利益を無視してゐるといふ主張がある。かうした主張にも配慮しなければならない。
別氏制度に反対する者は、結婚前の名字を通称として公式に認める現在の制度を拡充すればよいではないかといふ。通称制度は、パスポート(旅券)、不動産登記など、両方の名前を併記することになつてゐる。例えば、建物の所有権の場合は、所有者の結婚後の名前の後にカッコで結婚前の名前が併記されている。しかし私は、これでは結婚に際して名字を改めた者の権利を守るのに十分ではないと思ふ。
ここで想起すべきは離婚に伴ふ「婚氏続称制度」である。従来は結婚で名字を変へた者は離婚したら元の名字に戻らねばならなかつた。夫婦同氏制度の下で、長年配偶者の名字で社会生活を送つてきたのに、離婚したら旧姓に戻らなければならないのはをかしいとの訴訟が起きた。ところが裁判所は訴へを認めず、結婚中の名字を通称で使へばいいではないかと判断したのである。しかし、時勢に抗しきれず、昭和51(1976)年に民法及び戸籍法が改正されて、離婚から3か月以内であれば、家庭裁判所の許可を得なくても、届け出により、戸籍上の名前を結婚中の名字に変更できるやうになつた。
「婚前氏続称制度」の提案
そこでこの逆の「婚前氏続称制度」が、夫婦同氏制度を維持しながら、結婚前の名字を正式に名乗りたいといふ者の利益を守る制度なのである。これは自民党の稲田朋美衆院議員が提唱した制度である。稲田氏は、戸籍上の夫婦同氏制度を維持しつつ、民法と戸籍法を改正し、結婚から3か月以内であれば、届け出で結婚前の名字を名乗ることを認めればよいといふ。
実際にどのやうになるか。結婚に際して夫婦はどちらか一方の名字を選択しなければならない。しかし、名字を変えた方は、届け出ることによつて、不動産登記、パスポート、自動車免証など全てに結婚前の名字を公的に使ふことができる。通称制度のような両方の名前の併記は必要でない。しかし、戸籍上は、夫婦は同じ名字なのであり、親子や兄弟で名字が異なることはない。
これとは別に、日常生活で芸名その他の通称を使ひたい者が戸籍上の名前とは無関係に通称を使ふのは何の問題もない。(了)