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2024.12.19 (木) 印刷する

アサド政権崩壊で弱体化する4カ国枢軸 湯浅博(国基研企画委員兼研究員)

シリアの独裁者、アサド大統領がモスクワに逃亡したことにより、イランが主導するイラン代理勢力による「抵抗の枢軸」が事実上崩壊した。同時にそれは、アサド体制を支えてきたロシアの弱体化と中国による関与の後退を引き起こす可能性がある。シリア内戦で浮上した独裁国家群の地政学的ブロックが、10年という時間とともにほころび始めた。

シリアが失った露とイランの支援

アサド体制の崩壊は、ロシアによるウクライナ侵略戦争およびイランの代理勢力によるイスラエル攻撃とダイレクトに結びついている。反政府勢力の反撃を受けたアサド大統領は、ロシアとイランの支援を受けられずに、首都ダマスカスを脱出せざるを得なかった。

「アサド王朝」とロシアの結びつきは古い。アサド大統領の父ハフィズが大統領になった1971年、ソ連は地中海沿岸のタルトゥース港を租借した。これによりソ連は、北大西洋条約機構(NATO)に南からにらみを利かせるようになった。

ロシアは2014年にウクライナのクリミア半島を併合すると、翌年にはアサド政権を支えるため、イランと共に反政府勢力への空爆と包囲戦を敢行した。この年、ロシアはシリア北部のフメイミム基地に空軍機を送って劇的に影響力を拡大している。

ロシアによるこのシリア介入は、プーチン大統領が描いた軍事大国への復活を象徴していた。このとき、外交交渉によるアサド追放を考えていたオバマ米政権は、不意を突かれてロシア、イランに武力行使を許してしまった。

ほころび見せる「悪の枢軸」

独裁国家が連携するこの「シリア・モデル」が、やがてウクライナ戦争でさらに大規模に展開されていく。ロシア、イランに中国、北朝鮮が加わり、4カ国枢軸として自由世界から「悪の枢軸」「邪悪の同盟」と呼ばれるようになる。

しかし、アサド政権の崩壊は、ウクライナ侵略の長期化でロシアの余力がなくなっていることを示した。通貨ルーブルは過去1年で6%下落し、インフレ率は公式発表の8.5%よりはるかに高く、ロイター通信によると、日用品類が9月までの1年間で22%上昇した。

この先、トランプ次期米政権が高関税の脅しを実行に移すと、世界貿易は打撃を受け、原油価格は急落し、ロシアの経常収支は赤字に転落しかねない。ロシアの外貨準備の半分は西側諸国によって凍結され、残り半分の3分の2は金であり、人民元も含まれる。経常収支が危機に陥ればプーチン氏が頼るべき流動資産はほとんどない。

他方のイランも、イスラエルがパレスチナ自治区ガザのイスラム武装勢力ハマスとレバノンの同ヒズボラを実質的に壊滅させ、「第3の代理勢力」アサド政権も崩壊したことで、一気に弱体化した。ハマスによる対イスラエル奇襲からわずか1年余りで、中東地域のイランの代理組織が破壊されてしまった。これにより、ロシアが頼ってきたイランの軍需物資が入手しにくくなるだろう。

中国も関与後退か

世界第2の経済大国である中国もまた、景気の減速と電気自動車への切り替えで、石油需要の成長がほぼ停止した。米誌フォーリン・ポリシーによると、中国は2011年にシリア内戦が始まって以来、アサド政権と歩調を合わせてきた。だが実態は、アサド支援のロシアおよびイランとの緊密な関係へのお付き合いという色彩が濃い。国連でアサド非難を阻止する投票をしたのも、ロシアと足並みをそろえるためだった。

中国とシリアの関係が戦略的パートナーに格上げされても、またシリアが2022年に中華経済圏構想の「一帯一路」に参加しても、実際のプロジェクトは動いていない。中国共産党のもう一つの懸念は、シリアの反政府勢力の中に中国の少数民族ウイグル人の戦闘員がいることである。

「グレートゲーム」に日本の出番

ダマスカスの反政府勢力からなる新たな政権は、極貧の中から国家再建に取り組まねばならないため「復讐よりも復興」を優先している。シリアの新しい政治指導者たちは今後、影響力を競う外部勢力のバランスをとることになる。

すでにクレムリンが海軍基地の租借を継続し、基地使用と引き換えに人道支援を申し出ているようだ。新指導部は今のところ、流血の事態を避けつつ、誰からの援助も受け入れる姿勢をとっている。

トランプ次期政権と米国の同盟国は、アサド政権崩壊によって中国、ロシア、イラン、北朝鮮の4カ国枢軸が弱体化する戦略的好機を迎えている。自由主義陣営の強みは、同盟国が結束することであり、石破茂政権はその一員として新たな「グレートゲーム」で米欧を支えるべき時である。(了)