公益財団法人 国家基本問題研究所
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国基研ろんだん

2014.06.09 (月) 印刷する

外務省エリートの不可解な「ロジック」 島田洋一(福井県立大学教授)

 外務省OBで外交評論家の宮家邦彦氏が、産経新聞の連載コラム2014年6月5日付けで、「過去の経緯にかんがみれば、韓国は日本との地政学的矛盾への恐怖心を捨て切れないのだろう。今こそ日本は、半島に野心を持たず、日韓間に地政学的矛盾がないことを韓国に粘り強く説明していくべきである」と書いていた。
 果たしてそんな説明が今さら必要だろうか。「地政学的矛盾」とは、「潜在的脅威同士」たることを指すらしいが、改めて韓国を軍事占領し統治下に置くなどの「野心」をもつ日本人に、私は生まれてこの方出会ったことがない。頼まれても断る、がむしろ多くの人の本音だろう。
 韓国においても、職業的反日家も含め、実際に日本に「恐怖心」を抱いている人間がどれだけいるか。「日本を信じて欲しい。韓国を武力で再併合するつもりは本当にありません」などと「粘り強く説明」するなら、おそらく韓国人一般は迷惑がるだろう。「俺をバカ扱いするのか」と怒り出す人もいるはずだ。
 宮家氏の国際政治分析はおおむね正論だが、歴史認識が絡むと、とたんに外務省リベラル色が強くなる。「過去の経緯にかんがみれば」と氏が言う時、その認識は「植民地支配と侵略によって、多くの国々、とりわけアジア諸国の人々に対して多大の損害と苦痛を与えました」という村山談話の域を出ないだろう。すなわち、日本=侵略者・加害者、韓国を含むアジア=被侵略者・被害者という東京裁判史観である。
 日本側がもしその趣旨で「粘り強く説明」し、反省の弁を述べるなら、これまた、植民地近代化論を採る安秉直(アン・ビョンジク)ソウル大学名誉教授ら、韓国史をより深く捉えている研究者からはうるさがられ、侮蔑さえされるだろう。
 日本脅威論に関して言えば、むしろ、朴槿恵大統領はじめとする韓国政治家らは、日本に何ら脅威を感じていないからこそ、慰安婦問題で日本国内の反発を一顧だにせず、国際的な歪曲宣伝を続けられるわけだろう。
 ちなみに宮家氏は、2013年7月25日付けの産経コラムで慰安婦問題を取り上げ、アメリカで展開してきたという自己の「ロジック」を紹介している。
 それによれば、日本は「村山談話で戦争と植民地支配に対し『心からのおわび』を表明した」「日本国民から集めた償い金を女性たちに届けるべくアジア女性基金まで立ち上げた」「1945年以来70年近く、日本が行った努力はかくも丁寧、かつ真摯なものだった」、ところが、「韓国や中国がゴールポストを動かし、日本のゴールを永久に認めない」と主張したところ、「手前みそかもしれないが、ある米国政府関係者は『こんな説明を聞いたのは初めてだ』とまで言ってくれた」とのことである。
 氏の「ロジック」は外務省路線に忠実に即したもので、特に目新しくはなく、最後の「米国政府関係者」の感想は単なる外交辞令だろう。宮家氏の議論の致命的欠陥は、日本が朝鮮人女性を強制連行して「性奴隷」にした事実はないという最重要ポイントにまったく触れていない、おそらく意識的に避けていることである。
 そして、日本側はあくまで「ドント・ムーブ・ザ・ゴールポスト」、すなわち村山談話も河野談話も決して見直してはならない、が氏の提言になるらしい。
 それから約1年を経て、韓国・朴槿恵政権による歴史歪曲攻勢はますます強まっている。そこで宮家氏が打ち出す追加提言が、冒頭に引いた「今こそ日本は、半島に野心を持たず、日韓間に地政学的矛盾がないことを韓国に粘り強く説明していくべきである」となる。
 「先制降伏」と「逃げの反論」をモットーとする外務省リベラル派が、袋小路に迷い込みつつなお誤りを重ねる事情が宮家氏の一連の論にもはっきり窺える。
 同氏にならってサッカーの比喩を用いるなら、慰安婦問題は、韓国チームの選手が突然倒れ込み、日本側から極度に危険で汚い反則を受けたと虚偽のアピールをしたようなものだ。
 これに対し、浅はかな日本のコーチが、「過去の経緯もあるし、PKの1点くらい献上しよう。あえて反論せず謝罪して日本はフェアだと印象づけたい」と指示した結果、PKに留まらず、選手数名が退場に追い込まれ、調子に乗った韓国チームの女性監督は、国際サッカー連盟(FIFA)やメディアに対し、「日本は過去に20万人以上の韓国選手に対して同様の危険で汚い反則を繰り返し、あの人たちは花のような青春を無残に奪われた。日本が国家として謝罪し補償しない限り、国際大会から永遠追放すべきだ」と訴えて回る……。
 一体、この事態をどう打開すべきか。「日本選手はそもそも汚い反則などしていない。ビデオ(資料)で確認しよう」と事実に訴える以外ないだろう。
 ゴールが決まらないのは、相手がゴールポストを動かすためばかりでなく、自らのシュートが的外れなせいもあるとの自覚が、特に外務省エリートたちには必要だ。