公益財団法人 国家基本問題研究所
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国基研ろんだん

2016.10.31 (月) 印刷する

日本国憲法は占領基本法である 髙池勝彦(弁護士)

 11月3日は明治天皇の誕生日で、戦前は明治節と呼ばれた祝日であった。我が国は戦争に負けて連合国軍(アメリカ軍)に占領され、占領軍は、祝日についても残すものと残さないものとを選別した。
 明治節は世論調査で日本人がもっとも残してほしい祝日の一つであった。もう一つ希望が多かったのは紀元節(2月11日、昭和41年から「建国記念の日」)であった。占領軍は、紀元節は残すことを許さず、明治節は、「自由と平和を愛し、文化をすすめる」という変な日本語で、日本国憲法公布の日とすることで「文化の日」と名前を変えて残すことを許した。占領軍の悪意を感ずる。そして来る11月3日は、憲法が公布されてから70年になる。
 憲法改正に関連して、この憲法がアメリカによる押し付けであるかどうかが議論されている。私も憲法改正に賛成であり、一日も早く改正されなくてはならないと思ってはいるが、私が改正論議で奇妙に感じていることがある。それは憲法が普通に制定されて長年たち、不都合なところがあるから改正しようと言っているように見えるからである。
 今の憲法は、憲法という名前はついているが、憲法ではない。占領基本法なのである。占領軍は占領に必要な事項について以外は、現地の法律を尊重しなければならないのに、占領軍は、憲法という名前を付けた法律の制定を強制し、かつ高度な検閲によってその事実を巧妙に隠蔽したのである。
 憲法は押し付けである。が、押し付けかどうか以前に我が国には主権がなかった。「憲法」に限らず、すべての法律や政策は、占領軍の許可がなければならなかった。主権者は占領軍なのである。これは占領下にあるからやむを得ない。上記祝日でみたとおりである。
 私はたまたま放送法の制定過程を調べたが、当時の電気通信省は、放送法を作成するにあたり、放送法案の要綱を事前に連合国軍総司令部(GHQ)の民間通信局(CCS)に提出し、CCSはその要綱に色々注文を付けて協議して了承を得てから国会に提出したのである。
 そのように、憲法改正について、我が国に主権がなかったということを軽視するから、日米合作であるとか、果ては、憲法というのは国の根本規範である(このこと自体は正しい)から、「カイロ宣言は明治以来の帝国日本の領土拡張を侵略として否定的に評価し、その結果の回復を要求している」とし、日本國憲法もこれと同一の認識に立っているので、ポツダム宣言や同宣言が引用しているカイロ宣言が日本國憲法の根本規範であるなどという主張が現れることになる(関釜慰安婦訴訟の原告側の主張、第一審山口地裁下関支部平成10年4月27日判決、判例時報1642号24頁)。
 私は、今の憲法が、主権がない状態で制定されたものであり、したがって主権がない状態で制定されるということは、内容の問題以前に民主主義に反しているという認識が希薄ではないかと思っている。

 編集者注:本稿は歴史的仮名遣いで執筆されていましたが、編集部の判断で現代仮名遣いに統一させていただきました。