公益財団法人 国家基本問題研究所
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国基研ろんだん

2016.12.12 (月) 印刷する

朴槿恵大統領の弾劾訴追は人民裁判だ 西岡力(東京基督教大学教授)

 韓国国会で朴槿恵大統領の弾劾訴追がなされた。しかし、これは弾劾という名の人民裁判だった。韓国国会は大統領を弾劾する権限を持っていない。すなわち、韓国憲法では「職務執行に際して、憲法又は法律に違背したとき」に弾劾訴追を議決でき、訴追を受けて憲法裁判所が弾劾にあたるとされている。したがって、第1に、憲法や法律に違背したと判断されるときだけに弾劾訴追ができるのであって、政治責任を問うことはできないのだ。ここが、日本の内閣不信任との大きな違いだ。

 ●あまりにずさんな訴追内容
 ところが、今回の朴槿恵大統領に対する弾劾訴追は、違憲ないし違法行為の事実関係が確定していないまま、マスコミの報道などを根拠になされた。弾劾という名の人民裁判のようなものだった。訴追理由は崔順実被告らの利益を不法に計ったという点、機密文書を崔被告に見せていたという点、そして高校生ら多数が溺れ死んだセウォル号沈没事件の時、国民の生命と安全を保護する大統領としての責務を果たさなかったという点だった。
 第1と第2の点については、訴追案は証拠として、検察の崔被告らに対する起訴状と新聞記事だけをあげた。しかし、検察は朴槿恵大統領本人の取り調べをする前に、一方的に崔被告らの起訴状で「共謀」と断定したので、大統領側弁護士は検察の取り調べを拒否している。
 国会が任命した特別検察官が捜査を始めた段階で、大統領側も特別検察官の取り調べには応じるとしているが、それはまだ行われていない。それなのに、新聞記事などを根拠に違憲、違法行為があったと断定した。めちゃくちゃな訴追だった。

 ●憲法裁は棄却の可能性も
 その上、セウォル号事件については崔被告とはまったく関係がなく、新しい事実が今回出てきたわけでもないのに、訴追理由に加えられた。私はそれを知って、与党の反主流派議員が訴追賛成に回ることは困難になったと判断した。彼らは4月の総選挙で朴槿恵政権の支持する立場で野党と戦って当選した。そのとき、セウォル号事件について大統領批判をせず、むしろ左派のそのような批判に反論していたからだ。
 それなのに、今回の弾劾訴追で賛成に回った与党議員は、世論裁判、人民裁判に迎合した政治的無責任者だというほかない。
 元憲法裁判所判事でさえ、今回の弾劾訴追はあまりにもずさんで、憲法裁判所が棄却する可能性があると論じている。一方、左派勢力は憲法裁判所にデモをかけて圧力を加えるだろう。韓国の自由民主主義が守られるかどうか、憲法裁判所判事の職業的良心と勇気にかかっている。