公益財団法人 国家基本問題研究所
https://jinf.jp/

国基研ろんだん

2017.03.28 (火) 印刷する

対北宥和路線への逆戻りなどありえない 島田洋一(福井県立大学教授)

 インド有数の戦略家ブラーマ・チェラニー氏が、ジャパン・タイムズ(3月20日付)で対北朝鮮政策の見直しを提言していると教えられ、読んでみた。氏は国基研とも関係が深く、特にその中国論は鋭いが、この北朝鮮論には、首を傾げざるを得なかった。

 ●新味なきチェラニー氏の新戦略
 チェラニー氏はまず、米国による最新鋭迎撃システム「高高度防衛ミサイル(THAAD)」の韓国配備は、北朝鮮や中国における攻撃ミサイル増強を誘発し逆効果となるため、止めるべきだという。では、北の核ミサイルの脅威にどう対抗するのか。
 チェラニー氏はここで、「新たな戦略」を提案する。氏は、この10年余りの「関与政策なき制裁」は「底知れぬ失敗(abysmal failure)」であり、「包括的な平和条約の一環として大量破壊兵器合意を得ることを最終目標とした、関与政策ありの制裁(policy of sanctions with engagement)」に改めるべきだと主張する。モデルは、オバマ前政権が2015年にまとめた対イラン核合意だというから、実質的には、北が核兵器開発の停止と国際原子力機関(IAEA)による査察受け入れを約束し、国際社会は見返りに制裁を解除するといった形が想定されているのだろう。
 この「戦略」には何の新味も感じない。それどころか、ブッシュ政権時代のコンドリーザ・ライス国務長官と6カ国協議の米首席代表も務めたクリストファー・ヒル国務次官補による、いわゆるライス=ヒル外交の再来を予感するのは私だけではないだろう。

 ●制裁の不徹底こそが問題だ
 「国際制裁を強化し続けて北を締め上げるというアメリカ主導の戦略」が失敗したというチェラニー氏の総括は正しくない。むしろ、北と取引を続ける中国企業への「第三者制裁」に踏み切らないなど、制裁の不徹底が問題だったと見るべきだろう。
 なお、チェラニー氏は、自分の案以外に選択肢がないことは、北の核ミサイル計画に対するアメリカのサイバー、電子攻撃の「報じられる失敗」によっても裏付けられるとしている。これは、私も最近、産経新聞の「正論」欄で言及したニューヨーク・タイムズ紙3月4日付の記事を指していよう。が、この記事が描くところは、サイバー、電子攻撃の「限定的成功」であって、「失敗」ではない。決定打にはならないが、波状的に行えば限定的効果は得られる重要なオプションの一つ、と見るべきだろう。
 対北政策「見直し」の基本は、抑止力増強、ミサイル防衛、禁輸、金融制裁、サイバー攻撃など「あらゆるオプション」を個々に強化しつつ総動員することにある。どのオプションも決定打にならないから「失敗」と決めつけ、「関与政策」という名の宥和路線に舵を切るようなことがあってはならないだろう。