ドイツの連邦議会(下院)総選挙は9月24日に投開票が行われ、メルケル首相が政権継続を確実にした。選挙結果の詳細についてはすでに各種メディアで報じられているので、ここでは繰り返さない。
私は9月6日から29日までドイツに出張し、現地で取材した。投票日の前日、ベルリンのある私的なパーティーの席で会った旧知の女性(博士号を持つドイツの某文化機関の幹部)は、顔を見合わせたなり、「ひどい選挙だ」と繰り返した。理由は想像できたが、「なぜ」と聞くと、新興右派政党の「ドイツのための選択肢」(AfD)が得票率で10%を超えそうだと指摘し、「とんでもないことだ」と繰り返した。
「いくら気にくわなくてもドイツの現実を反映していることは否定できないでしょう」というと「現実ねえ」とやや冷静になり、「それでも右派政党がタブーでなくなったのは恐ろしいこと」と語った。
●AfD躍進のショック
彼女の、右派政治勢力に関する何か憑かれたような懸念は、ドイツ知識人に典型的なものだ。極右勢力の存在はそもそもあってはならないし、これまでそうした政治勢力の台頭を押さえ込んできたことが戦後ドイツの1つの誇りでもあった。そうしたドイツ知識人であればこそ、AfDの得票率12・6%はショックだった。
私は選挙後、4日ほどベルリンに滞在したが、その間、選挙結果を受けたメディア報道は何をおいてもAfDの躍進に費やされていたのは無理からぬことだった。AfDのフラウケ・ペトリ共同党首が、選挙翌々日に離党を表明したニュース(彼女は党主流派からすでに浮いた存在になっていたのだが)は、今後のAfDの内紛を予見させる「朗報」として各メディアとも大きく取り上げていた。
こうしたAfDの下院進出に対する失望感、切迫感は日本で想像する以上だと思うので、あえて現地で得た感触の一端に言及した次第である。
もっとも向こう数か月間、ドイツの政治のニュースは、連立交渉の行方で占められるだろう。この点について、旧知のキリスト教民主同盟(CDU)の政治家秘書と会ったところ、「交渉は非常に難しい」と繰り返した。彼自身、いくつかの分科会に分かれてテーマごとに連立協定を討議する交渉チームに加わる。「前回、社会民主党(SPD)との交渉の時は全部で200人が交渉に参加した。今回は関係する政党が多く、前回以上だろう」という。
●連立交渉は長期化必至
報道されているように、まずCDU、キリスト教社会同盟(CSU)、自由民主党(FDP)、緑の党の4党間の連立交渉から開始されるが、それぞれの党は多くの問題に関して、正反対とも言える主張の隔たりを抱える。例えば、難民政策については、受け入れ上限設定を求めるCSUに対して、緑の党は上限設定に反対、ユーロ危機(ギリシャ債務危機)に関していえば、ギリシャ救済に反対するFDPに対して、積極的な緑の党、地球温暖化対策強化を求める緑の党に対し、経済界を支持基盤とするFDPが慎重、という具合である。
またFDPは財務相、緑の党は外相のポストを狙っており、さらにそれぞれがもう一つ閣僚ポストを要求しそうだという。この閣僚ポスト配分についても今後調整が難航するだろう。
政治家秘書は4党交渉がまとまるとしても、「早くて年明けだろう」という見通しを示した。「そんなに長いのか」と聞くと、「(3月の総選挙以来、5か月以上たつのにまだ組閣できない)オランダの例もあるだろう」と、欧州政治で連立交渉の長期化は珍しいことではない、とやや自嘲気味に語った。
各政党のシンボルカラー黒、黄、緑がジャマイカの国旗の色の組み合わせと同じことから、「ジャマイカ連立」とも言われるこの組み合わせが失敗した場合、選挙結果判明直後に下野すると宣言したSPDが連立交渉開始を承諾するかも知れない。SPDは閣僚ポストなどを、いわば、ふっかけてくるだろうが、すでにメルケル首相の下で2度の連立を組んでいるので、交渉さえ始まれば何とかまとまりそうな気がする。うまくいかなければ再選挙ということになるだろう。政治家秘書は「全ての可能性がある」と語り、彼自身も確たる見通しは持っていないという。
●EU統合プロセスにも影響
ここでも影の主役としてAfDの存在があるかも知れない。AfD封じ込めの必要から既成政党の結束が促されることも考えられる。政治家秘書は「フランス、オーストリア、オランダの例を見ても右派政治勢力はそれぞれの国で固定化した」と述べて、ポピュリズム政党だから短期間で消滅する、という楽観論を否定した。一方で、「AfDは通常の政党して扱うが、政策内容で妥協することはしない」と基本的な方針を語った。
同時に会ったもう1人の政治家秘書からは、日本を取り巻く北朝鮮情勢、日本の国内政治について説明を求められた。「両国の政治とも不安定になってしまった」と彼は嘆いた。米国内には、トランプ政権発足後、安倍政権もメルケル政権も国際社会の安定の要、との見方があったが、ドイツの政治関係者が日本政治に関してこうした視点で関心を寄せることはまれである。日本の場合は近く行われる衆院選次第なのだが、政治の不安定化はドイツだけではないと思いたい心理が働いていたのだろうか。
今後のドイツ政治は、メルケル首相の求心力が落ち、重要な案件で政権内のコンセンサスが得られず重要な決定が先延ばし、という事態が頻発することになるだろう。欧州の要となったドイツが、欧州連合(EU)統合プロセスや世界政治で適切な指導力を発揮できない状況は決して良いことではないだろう。今後のドイツ内政の動きには十分な目配りが必要だ。