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2017.11.21 (火) 印刷する

注視怠れぬサウジの〝宮廷政変〟 野村明史(拓殖大学海外事情研究所助手)

 サウジアラビアの政治的変化は突然やってくる。サウジ国民は、1、2時間前に王宮庁から国王勅令が発表されることを初めて知らされ、テレビの前にくぎ付けとなる。ここ数年見られる急激な改革もこのように国民に知らされ、希望や不安を与えている。
 サウジはアブドッラー前国王までバランスを重視した政策を採っていた。2005年、アブドッラー国王時代は、スルターン(皇太子兼国防相)、ナーイフ(内相)、サルマーン(リヤド州知事)など、初代国王の子息である第2世代の兄弟が国政の重要なポストを占めていた。
 しかし、サルマーン現国王の即位時にはそのような力を握っていた第2世代の王族達もほとんどこの世を去り、主要ポストは第3世代、非王族が占めるようになった。国政の構図は大きく変化し、バランス政策だけでは対応しきれない局面を迎えた。

 ●現国王家の「一強体制」構築へ
 さらに、サルマーン国王は81歳となり、次世代への王位継承が大きな課題となった。2017年6月21日早朝、サルマーンは、甥のムハンマド・ビン・ナーイフ(MbN)皇太子を解任し、実子のムハンマド・ビン・サルマーン(MbS)副皇太子を皇太子に昇格させた。
 MbNは内務大臣職も解任され、第4世代となるMbNの甥が後任に就いた。これにより、サルマーン国王家の一強体制が構築されるとの見方が濃厚となった。
 11月4日には、国王勅令によって、アブドッラー前国王の息子、ムトイブ氏が国家警備隊大臣を解任された。さらに、MbSを委員長とする汚職防止最高委員会を設置し、合法的に汚職問題に切り込む体制が確立された。
 現地からの報道によれば、汚職防止最高委員会によってムトイブ氏のほか、世界的にも有名なサウジ王族の大富豪ワリード氏が汚職疑惑で拘束された。今まで王族がこのような公の摘発を受けることはなく、バランスを重視したアブドッラー前国王の時代までは考えられないことであった。
 国家警備隊は別名ホワイトアーミーとも呼ばれ、国境警備や国内クーデター、国内重要施設、聖地の保護などを目的とした軍事組織である。1963年からアブドッラー前国王が司令官(2013年から大臣に格上げ)を務め、2010年からはムトイブ氏が引き継いできた。50年以上アブドッラー前国王家が率いる忠誠部隊だったといえる。

 ●懸念は追放された側の過激化
 このような国内有力者の拘束は、MbSへの王位継承に向けた布石との見方もある。あまりにも性急な改革は、高齢のサルマーン国王が、自身の目の黒いうちに後継体制を構築しようとする焦りとも考えられている。サウジは長幼の序を重んじる部族社会である。MbSは32歳と若く、これらの強硬な改革断行には81歳の父親の存在は必要不可欠だ。
 しかし、血縁重視の部族社会で生きるサウジ国民にとって、現在の王位継承の流れはそれほど理解に苦しむものではない。むしろ、危惧されているのは、面目を潰されて外部へと追いやられた有力者たちが、政治的力を失ったことにより、過激な手法で国内の安定を揺るがす恐れがあることだ。近隣のシリアやイエメンなどの混乱を目の当たりにしているサウジ国民にとっては、このような最悪のシナリオは決して他人事ではないだろう。
 多くのエネルギーを中東に依存する日本にとっても、このようなサウジ情勢は大いに気掛かりだ。予測の難しい急速なサウジの変化には、機敏な対応が迫られる。