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2017.12.27 (水) 印刷する

対北国連制裁は効果上げつつある(下) 西岡力(麗澤大学客員教授・モラロジー研究所歴史研究室長)

 ロシアや中国、中東などに派遣されている北朝鮮労働者は約10万人といわれるが、給与の9割以上が天引きなどで搾取されている。そこから北朝鮮は年間5億ドル程度の外貨を得ているが、今回の制裁で、2年以内にすべての北朝鮮労働者を帰国させることが決まった。当初の制裁案では「1年以内」だったが、多数の北朝鮮労働者を使っているロシアが最後まで反対して猶予期間が延長された。
 ただ、全体としてみれば、今回の制裁は今年のこれまで2回の制裁と合わせ、北朝鮮から外貨収入の大部分を断ち、石油供給を大幅に減らす厳しい内容となった。もちろん、効果が出るまでは少なくとも1年はかかる。
 今のところ金正恩は、制裁で北朝鮮の核武装は止められないとうそぶき、国内には「自力自強」路線による経済再建を目指せと号令をかけている。しかし、外貨がなければ軍は武器や弾薬、装備などを調達できない。演習をすれば、戦車のキャタピラが壊れることもあるが、ドルが無ければロシアもキャタピラを売ってはくれない。制裁が安保理決議の通りに実行されれば、数年で北朝鮮の通常兵力はガタガタになるだろう。その意味で金正恩にも残された時間は少なくなってきた。

 ●権力中枢部に生じた軋轢
 今回の新たな制裁決議の前に、すでに北朝鮮の権力中枢部では軋轢が生まれている。韓国の国家情報院は11月20日、北朝鮮軍最高位で党の序列2位だった黄炳瑞・人民軍総政治局長と前国家保衛部長の金元弘・人民軍第1組織部長が、「党に対する不遜な態度」を理由に党の組織指導部の検閲を受けて処罰されたと国会に報告した。
 11月22日付の朝鮮日報は、序列2位の最高幹部が処罰された背景には、8月と9月の制裁による外貨不足だとして次のように報じた。
 <朝鮮人民軍の内情に詳しいある消息筋は11月21日、「国際社会による制裁で朝鮮人民軍の外貨稼ぎ担当部署が大きな打撃を受けている。そのような中で総政治局組織部の幹部らが、外貨稼ぎの担当者から無理に賄賂の上納を受け摘発された」とした上で、「これは金正恩氏に報告すべきものだったが、黄炳瑞氏と金元弘氏が身内をかばうため妨害した」と伝えた。しかし総政治局の不正は、朝鮮労働党組織指導部を通じて、すでに金正恩氏に報告されていたという。>
 <国際社会からの制裁で打撃を受けている朝鮮人民軍が、金正恩氏の掲げる「自力自強路線」に反して大規模な物資の支援を要求したことが処罰の理由だったとする見方もある。北朝鮮の内部事情に詳しい別の消息筋は「国連の9月制裁決議(第2375号)により、朝鮮人民軍の外貨稼ぎ部署の収入源だった石炭、鉱物、水産物の輸出が途絶え、衣料、食料、ガソリン、軽油、食用油などの物資調達に問題が生じている。そのため、軍が金正恩氏に物資の支援を要請したが、これが問題になった」と伝えた。>

 ●ナンバー2が6階級降格に
 すでに1990年代後半から、核ミサイル部門以外の軍に対しては予算が支給されず、軍団ごとに自分たちで外貨稼ぎをして兵士を食わせ、武器弾薬を整え、退役将軍らの年金を払っている。張成沢が処刑された背景のひとつには、張が軍から石炭輸出部門の56部を取り上げ、自分が部長をしている党行政部に移管させたことで軍首脳の怒りを買ったことがあった。
 今回は、国連制裁の結果、石炭や鉄鉱石、海産物という、これまで軍が外貨稼ぎに利用してきた物資が売れなくなった。そこで困った軍が、上納金を増額したり、金正恩に支援を要請したりしたことが、「自力自強」路線に反する「不遜な態度」とされて処罰されたというわけだ。黄炳瑞は6階級下の上佐に落とされ、金元弘は家族とともに地方の農場に追放されたという。経済制裁はすでに効果を上げつつある。