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2018.04.09 (月) 印刷する

習が正恩に誓わせた「戦略的意思疎通」 西岡力(麗澤大学客員教授・モラロジー研究所歴史研究室長)

 3月26日午前11時、私の携帯電話が鳴った。「金正恩が訪中したという噂が丹東で広まっている。正恩専用の一号列車が今朝早く、丹東駅で目撃され、北京に向かった」。正恩訪中の第一報だった。何人かの知り合いにすぐ伝えたが、ある関係者から後日、「先生が日本で一番早かった」と誉められた。
 金正恩は26日午後、北京で習近平と会談し、その後、習との夕食会に臨んだ。翌27日、正恩一行は午前中、中国科学院と天壇公園を訪れ、習近平夫妻らと昼食をとった後、帰路についた。28日朝、専用列車が北朝鮮に戻ると、中国と北の公式メディアは一斉に正恩訪中を伝え始めた。

 ●まるで上司と部下の対話
 私は中国の国営テレビである「中国中央テレビ」(习近平同金正恩举行会谈)の映像を見て、中国外務省が発表した首脳会談要旨の日本語訳を通読し、まるで上司と部下の対話だなと感じ、驚いた。
 テレビの映像では、首脳会談の様子が約7分にわたって放映された。習近平はそこで原稿なしに上司が部下を諭すような態度でしゃべり続け、金正恩は自信なげに原稿に目線を移しながら発言していた。正恩が習の発言を自らメモをとる場面は3回も映し出された。
 中国が公表した会談要旨によると、習近平は冒頭で、これまで金正恩が自分の所にあいさつと報告にやってこなかったことを次のように責めた。
 「我々の先代の指導者は密接な往来を保ち、常に行き来していた。我々は何度も、中朝の伝統的友誼を絶え間なく継承し、良い方向に発展させると述べてきた。双方が歴史と現実に基づき、国際・地域情勢と中朝関係の大局に立って行う戦略的な選択で、唯一の正確な選択でもあり、一時的な理由で変わることはあってはならない」「新たな情勢下で、私は(金)委員長同志との相互訪問、特使の相互派遣、文書のやり取りなどの方法を通じて日常的な連絡を保ちたい。戦略的意思疎通という伝統の切り札をしっかり活用する。重大な問題については常に突っ込んだ意見交換を行うことは中朝両党の輝かしい伝統だ」(下線西岡、以下同)

 ●習の叱責に反省の弁
 お前の先代(金正日)は中国の指導者に対してきちんとあいさつと報告を行っていたが、お前はこれまでそれをしなかったと責めているのだ。ここでのキーワードは「戦略的意思疎通」だ。習はそれを「伝統の切り札」とまで言って、強調した。私は金正恩がメモをとったのはこのキーワードではないかと推測している。この単語を自分の発言でも使わなければならないと、とっさの判断をしたからメモをとったのではないか。記録のためなら、横に座っていた側近らがメモをとればよいからだ。
 金正恩は習の叱責を受けて、これからは「戦略的意思疎通」に努めますと反省の弁を述べた。会談の要旨から引用する。
 「朝鮮半島の情勢は急速に前進しており、少なからぬ重要な変化も起きている。情義の上でも道義の上でも、私は時を移さず、習近平総書記同志と対面して状況を報告するべきでもあった」「前世代の指導者によって強化、発展してきた朝中(中朝)親善の伝統を継承し、時代の要求にあった新しい高い段階に引き上げることが我々の党と政府の確固とした決心だ。習近平同志をはじめとする中国の指導者たちと頻繁に会って友情を深くし、戦略的意思疎通を強化し、両国の団結と協力を強固にしよう」

 ●非核化で何を語ったか
 日本のマスコミはこの会談で金正恩が「金日成主席と金正日総書記の遺訓に基づき、半島の非核化に力を尽くすことは、我々の一貫した立場」「南朝鮮(韓国)と米国が(略)段階的で同時並行的な措置を取るならば、半島の非核化問題は解決にいたることが可能となる」と発言した部分を大きく報じた。
 しかし、これはテレビカメラを前にした建前の発言だ。「戦略的意思疎通」を迫った習近平は、カメラが去った後、金正恩に、韓国の訪朝団を通じてトランプにどのようなメッセージを伝えたのか、そして、来たるべき米朝首脳会談では核問題について、どこまで譲歩するつもりなのかを問いただしたはずだ。
 金正恩は習に6者協議への復帰の意思を伝えたという報道もあるが、そのような内容でトランプが満足するはずがないことは正恩も分かっているはずだ。正恩がどこまで譲歩するのかが、当面の北朝鮮情勢の鍵だが、北京からはその情報はまだ漏れてきていない。

 ●中国に密な報告誓う
 ただし、金正恩は非核化に言及した直後にもう1回「戦略的意思疎通」に努めると習に誓っている。先に引用した「半島の非核化問題は解決にいたることが可能となる」という正恩発言のすぐあとに、「このプロセスにおいて、我々は中国側と戦略的意思疎通を強め、交渉と対話の流れと半島の平和と安定をともに守りたい」という発言が続いている。今後、米朝で話し合う内容についてはきちんと習近平に報告しますという約束だ。
 つまり、首脳会談の冒頭、カメラが入った約7分の間になんと2回も「戦略的意思疎通」という言葉を使って習の叱責に答えているのだ。しかし、習はそれでも満足せず、夕食会のあいさつでも「戦略的意思疎通」という語を使っている。「国際・地域の情勢に計り知れない変化が起ころうとも、我々双方は世界の発展と中朝関係の大局をしっかりと把握し、高レベルの往来を強め、戦略的意思疎通を深め(る)」と。