公益財団法人 国家基本問題研究所
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国基研ろんだん

2018.12.04 (火) 印刷する

ロシアのウクライナ艦船拿捕は国際法違反 黒澤聖二(国基研事務局長)

 クリミア半島の付け根にあたるケルチ海峡で11月25日、ロシアの警備艇がウクライナ艦船を攻撃し拿捕した。報道によると、3隻のウクライナ艦船が黒海からアゾフ海に向けケルチ海峡を通過しようとした際、ロシアの警備艇から体当たりで通峡を妨害され、破損した。ウクライナ艦船は後退するところを砲撃されて数名が負傷、艦船は拿捕され、乗員も連行されたという。
 事件は現在なお進行中で、双方の主張は真っ向から対立している。ウクライナ側はロシア側の行為の不当性を非難し、通峡についてはロシア当局にも事前通報していたという。これに対し、ロシアは、ウクライナの違法行為に正当な権利を行使したと主張している。
 そもそも、この海域に適用される船舶往来のルールには何があるのか。ケルチ海峡に対応する海洋法上の制度などを参照しつつ、両当事者の行為について法的側面からアプローチしてみたい。

 ●無害通航可能なケルチ海峡
 まず、ケルチ海峡はアゾフ海と黒海を結ぶ唯一の国際航行に使用されている海峡であるということだ。海峡幅が狭く、アゾフ海という閉鎖海を持つという特性から、国連海洋法条約第45条1b「公海(排他的経済水域を含む)と他国の領海との間にある海峡」に相当する。
 同条項は通常の領海内の無害通航よりも外国船舶の往来の自由が確保された「停止を受けない無害通航」(同45条2)の権利を規定するもので、沿岸国は安全保障上の理由があったとしても海峡封鎖等により外国船舶の無害通航を妨げてはならない。
 ロシア側が仮にウクライナ艦船を国際海峡通航時に阻止したのであれば、「停止を受けない無害通航」の権利を侵害したことになる。ましてや一部報道では、ロシアの大型タンカーが海峡を封鎖する形で停泊する映像もある。このような海峡封鎖は敵対国間では戦争行為とみなされる。
 ロシア側は今回の拿捕について、ウクライナ艦船が通峡前に領海侵犯したことを根拠に挙げている。だとすれば、「領海内の無害通航」(同17条)が問われるケースになる。
 無害通航とは、継続的かつ迅速な領海内の航行で、「沿岸国の平和、秩序および安全を害さない」(同19条1)通航のことである。兵器を用いる演習訓練、情報収集、宣伝行為、航空機等の発着艦、調査測量活動など、一般の領海で禁止される事項は行ってはならない(同19条2)が、領海に入るだけでは無害通航に違反したことにはならない。
 これまで、ロシア側からもウクライナ艦船が無害でない通航をしたと表明する報道はない。事実確認がなされない限り断定することはできないが、ロシアが既存の条約に違反している疑いは濃厚である。

 ●尊重すべき軍艦の権利
 それ以前に、一般的に軍艦は他国の管轄権から免除される。そのため、ロシア警備艇が一方的に自国の管轄権を行使して、他国の軍艦を砲撃・拿捕する行為は、自衛権の行使以外には考えにくい。仮に両国が交戦状態にあるなら、海峡封鎖と同様に武力紛争法上、敵艦船に対する攻撃・捕獲という正当な行為となるが、はたしてそう言い切れるのか。
 たしかに本事案の後、ロシアとウクライナが本格的な交戦状態となる可能性が高くなっている。事実、ウクライナは11月28日から30日間の戒厳令を敷き、防衛目的とはいえ、戦時体制をとった。国連安保理は緊急会合を開き、欧米各国はこぞってロシアの非道を糾弾しているが、わが国の反応は些か鈍いのではないかと筆者は危惧する。
 ロシアと領土問題を抱えるわが国は、決してクリミア問題の傍観者であってはならない。オランダ・ハーグの常設仲裁裁判所判決を「紙屑同然」と言い放った某国のように、国際法を無視するかのような国と北方領土交渉を進めることに不安を覚えるのは筆者だけではないはずだ。