公益財団法人 国家基本問題研究所
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国基研ろんだん

2019.07.11 (木) 印刷する

ボルトン解任論の皮相な人事観測 島田洋一(福井県立大学教授)

 ジョン・ボルトン米大統領補佐官(国家安全保障担当)がトランプ大統領に解任されるのではないかという観測が盛んである。人事の機微は外からは窺い知れない。ここで予想めいたことを書いても意味はないだろう。
 ボルトン解任論は二つの点を強調している。一つは、イランへの軍事攻撃を主張するボルトンは、中東を大混乱に陥れると同時に中国を間接的に利しかねない「目の見えないタカ派」であり、大統領も遂に見限らざるを得なくなったという議論である。もう一つは、板門店での第3回米朝首脳会談からボルトンが「外され」、モンゴルに「行かされた」ことが、ボルトン見限りの証左だというものである。

 ●「埋めがたい亀裂」とは何か
 さて第一の点だが、イランによる米軍ドローン撃墜に関し、ボルトンがあくまでイランのレーダー設備・対空ミサイル基地への限定攻撃を主張し、大統領と激論になったといった事実は、私がボルトン周辺から聞く限り、ない。ボルトン自身もそうした発言はしていないし、米メディアも、ボルトンが限定攻撃に賛成だったとは伝えても、「固執した」「大統領と対立した」と報じたところはない。
 イラン革命防衛隊やイランが支援する武装集団のテロ攻撃により、米軍将兵、民間人に死傷者が出た場合、イラン指導部の責任と見なし、「本体」に「圧倒的な反撃」を加える旨をボルトンは強調し(そこにレッドラインを引いたと言える)、米軍増派など抑止力の強化を推進してきた。
 しかしこれは、トランプ大統領、ポンペオ国務長官、またルビオ、クルーズ、グラハム、コットンなど有力共和党議員も強調してきたところである。
 国際空域における無人のドローン撃墜(米中央軍司令官は、国際空域であったことに100%間違いはないと会見で述べている)はレッドラインを超える行為ではないが、当該空域には米軍の有人偵察機も飛んでいる。イラン側が有人・無人を確実に識別して攻撃した証拠がない以上、今後に抑止力を効かせる意味で、「限定空爆もオプションの一つだったが、バランスを考慮し発動直前に控えた」と大統領が公言することは戦略的に意味がある。
 トランプ政権は、イラン軍事施設に対するサイバー攻撃と経済制裁強化という別のオプションは発動しており、強硬派にとっても特に不満のない展開だったろう。
 以上、対イラン政策を巡って、トランプ・ボルトン間に埋めがたい亀裂が生じたと見るのは、少なくとも現時点においては無理がある。

 ●モンゴル行き優先した意味
 次に、ボルトンが板門店から「外され」、モンゴルに「行かされた」という主張についてはどうだろうか。
 まずトランプ大統領、ポンペオ国務長官の韓国訪問にボルトンは同行せず、その間モンゴルを訪れるというのは数か月前から決まっていた日程である。米韓首脳会談には今や戦略的意味がなく、在外米軍基地での激励演説は大統領、副大統領、国務・国防長官などふさわしい肩書を持つ人間が担当し、安保補佐官は前面に出ないのが普通である。
 では急遽決まった米朝首脳邂逅に、ボルトンは、モンゴル行きをキャンセルして参加すべきだったろうか。
 まず重要なのは、モンゴルの戦略的位置づけである。中国とロシアという二大ファシズム体制に挟まれたモンゴルはアジア大陸における「民主主義のオアシス」として、目に見える形でアメリカが支えていかねばならないというのがボルトンらの基本発想である。政権幹部の誰かがモンゴルに行くことが重要だった。
 ワシントン・ポストのジョシュ・ロギン記者が的確に記している。
 「ボルトンは、土壇場でモンゴル行きをキャンセルして米朝会合に加わることも可能だった。しかし、モンゴルの指導者達との約束を守り、彼らが受けるにふさわしい尊敬の念を示すことこそが正しい行動だったと言える。トランプとキム(ジョンウン)の握手は、五年後には、今の米政権の対北外交全般同様、単なるテレビ向けイベントだったと総括されている可能性が高い。一方、アメリカにとってのモンゴルの重要性は間違いなく高まっていく。ボルトンは、皮相な何物かに参加するのでなく、実質ある何物かに賭けることを選んだのである」(同紙7月3日)
 まさに、皮相な人事観測ではなく、本質を突いた論評と言える。