公益財団法人 国家基本問題研究所
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国基研ろんだん

2019.09.12 (木) 印刷する

米有力紙が掲載した「原発のすゝめ」 島田洋一(福井県立大学教授)

 米紙ワシントン・ポスト9月4日付に、原発に関する興味深い論説が載った。筆者は常連コラムニストのヘンリー・オルセン氏。タイトルは単刀直入に「原子力を無視する候補者は信用するな」(Don’t trust candidates who ignore nuclear power)である。日本にも参考になる、というより、日本にこそ一層当てはまる論点が多々ある。コラムの骨子を紹介しておこう。

 ●大統領選候補も関心は再エネ
 オルセン氏はまず、米民主党の大統領候補者が押し並べて、社会の脱炭素化、すなわち温室効果ガスの排出ゼロに向け、きわめて前のめりの対応を公約している点に注意を喚起する。エリザベス・ウォレン上院議員は、気候変動を「存亡に関わる課題」と呼び、バーニー・サンダース上院議員は「地球を健康的で居住可能なままにしようと思うなら、我々のエネルギー・システムを化石燃料依存から脱却させるために残された時間は11年を切っている(パリ協定が削減目標年としている2030年までにとの意味=筆者注)」と力説する。
 ところが2030年はおろか、予見しうる将来、いわゆる再生可能エネルギーが大量安定供給を保証するベース電源たり得ないことは明白である。「太陽、風力は決して発電のバックボーンにはならない。継続的に運転できないからだ」(オルセン氏)。
 発電状況にムラのあるそれら電源に対応した大型・高効率・低コストの蓄電池が実用化され、家庭やビルが配電網に頼らず自立できるようになれば別だが、そうした時代はまだ視野に入ってこない。となれば、温室効果ガス削減という課題に「最も安く迅速に対応でき」「すでに実用化された」原子力を使うのが常識的回答(少なくともその一つ)になるはずである。
 ところが目下、民主党大統領候補として最有力の4人の内、ウォレン上院議員、カマラ・ハリス上院議員の2人は原子力発電の利用に全く言及していない。サンダース上院議員は逆方向に一段と踏み込み、「原発の新増設は一切認めない。既存原発の運転免許も更新を停止する」を公約に掲げる。
 現在、世論調査で支持率トップのジョー・バイデン前副大統領だけが「すべての低炭素およびゼロ炭素テクノロジーを見据えねばならない」とし、「原発建設のコスト低下に向けた新テクノロジーの研究、既存原発の安全性、放射性廃棄物処理に関する研究が必要」と曖昧ながら原子力に言及するものの、やはり「原発の新設を促すような発言は何もしていない」とオルセン氏は指摘する。

 ●日本の原発ゼロの矛盾と偽善
 以上を踏まえたオルセン氏の結論は明快である。「迅速に炭素排出を減らせる、実用化された方法を排除する姿勢は、有権者にとって警告のサインでなければならない。もし候補者が明らかな現実を認めないなら、彼らは気候変動との闘いに真剣ではない、あるいは真の動機は他にあると見なければならない」。
 トランプ大統領を筆頭に共和党の政治家の多くは、人間活動を主因とする地球温暖化という説に懐疑的である。エネルギーの効率利用は進めるべきだが、無理に化石燃料を排除する必要はなく、ベース電源は予見しうる将来、火力発電で維持すればよいとの立場である。良かれ悪しかれ、民主党のような矛盾や偽善が生じる余地はない。
 翻って日本では、自民党から共産党に至るまで、人間活動を主因とする地球温暖化という説をほぼ無批判に受け入れている。
 原発の再稼働を順次進めたとしても、同時並行的に新増設も行わねば、廃炉が進む中、エネルギー・ミックス中に原子力が占める割合は着実に減っていく。原発の建設技術も失われていく。
 石油・天然ガスが自給できるアメリカでは、民主党的な「脱炭素」公約が実現できなくとも、「遺憾ながら当面火力発電に頼ります」で社会に実害は生じない。
 しかし日本は状況が異なる。原発ゼロの状態で石油・天然ガスの輸入が止まれば、日本経済、国民生活は崩壊せざるを得ない。矛盾と偽善という問題は日本においてこそ深刻である。