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2019.11.18 (月) 印刷する

日本も看過できない「NATOは脳死」発言 冨山泰(国基研企画委員兼研究員)

 フランスのマクロン大統領が英誌エコノミスト(電子版、11月7日)とのインタビューで、米欧間の軍事同盟である北大西洋条約機構(NATO)は今や「脳死」状態にあり、米国を当てにできないので、欧州は独自の軍事戦略と軍事能力を持つべきだと言明した。同盟関係を重視しないトランプ米大統領への絶望感を率直に表明したもので、フランスと同じく米国の同盟国である日本にとっても、無視できない問題提起となっている。
 マクロン氏は、トランプ氏がシリア北部から米軍を一方的に撤退させ、過激組織「イスラム国」の打倒で盟友関係にあったクルド人勢力を見捨てたことに特に衝撃を受けた様子だ。インタビューでは、NATOは究極的な安全保障の担い手である米国がその役目を果たす時だけ機能するのに、「米国はわれわれ(欧州同盟国)に背を向けようとしている」と警鐘を鳴らした。

 ●トランプ氏の同盟国への不満
 トランプ氏がNATOと日米同盟に不満を持っていることはよく知られている。NATOについては、2016年の大統領選挙中に「時代遅れ」と酷評し、米国に比べ欧州側の軍事負担が少ないことを「不公平」と主張してきた。トランプ氏はNATOを米国の重荷と考え、NATOから脱退したいと政府高官に非公式に語った、と米紙に報じられたこともある。
 日米同盟に不満な理由も、米国が日本防衛の義務を負うのに、日本が米国防衛の義務を負わないのは「不公平」という点にある。そのため日米安全保障条約からの離脱を腹心につぶやいた、と米国で報道されたのは、NATOの事例とよく似ている。
 トランプ氏は6月の訪日時に安保条約廃棄の考えを否定したが、選挙戦中には、①日韓が防衛分担を大幅に増やさなければ、米軍を撤退させる②米国が日本からの防衛要請に応じられない場合、日本が核武装するのは悪いことではないかもしれない―と述べ、安保条約の事実上の廃棄と、その結果としての日本の核武装容認を口にしたことがある。これこそトランプ氏の本音ではないか。

 ●米に頼れない時代の選択肢
 米国が西側民主主義国のリーダーとしての役割を果たそうとしないのは、「アメリカ第一」のトランプ大統領が出現したせいではない。オバマ前大統領も「米国は世界の警察官ではない」と公言して、国内問題優先の姿勢を打ち出していた。米国が戦後、自由の理念に基づく国際秩序を構築し維持できたのは、圧倒的な軍事力と経済力、そして政治力を持っていたからであって、そういう条件は今や失われつつある。2020年か2024年に民主党がホワイトハウスを奪還しても、米国は世界を主導する国家として復活しそうにない。
 そうした国際環境にあって、「米国を当てにできないので、(欧州は)独自の軍事戦略と軍事能力を持つべきだ」というマクロン氏の主張は、日本にとっても示唆に富む。日本の軍事能力を高める障害となる日本国憲法の改正は、ほんの出発点にすぎない。米国を日米同盟に引き留める方策の一つとして、安保条約の片務性の解消は避けて通れないだろう。米国は日本防衛の義務を負い、日本は米軍基地提供の義務を負うので、安保条約は双務的だという理屈は一般の米国民に通用しない。
 さらに、米国の「核の傘」を当てにできない時代が来るかもしれないことを想定して、日本が自ら核抑止力を持つか、それとも親日的な核保有国のインドや英仏などに頼るか、といった日本の究極的な安全保障の選択肢を今から研究しても早すぎることはない。