公益財団法人 国家基本問題研究所
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国基研ろんだん

2019.12.05 (木) 印刷する

「安保法違憲訴訟」支持する朝日への反論 髙池勝彦(弁護士)

 東京地裁で11月7日、4年前に成立した安全保障関連法(以下、安保法)が憲法に違反するとして、左翼の学者など1500人余りが国に賠償を求めていた事件の判決が出た。当然のことながら、訴へは認められなかつたのである。
 原告グループは、この種の訴訟を全国各地の裁判所に多数起こしてをり、すでに札幌で請求棄却の判決が出てゐる。
 私はこの東京地裁の判決についてではなく、この判決について11月26日付の朝日新聞が1面全部を使つて論評してゐる内容があまりにばかばかしいし、また同様の論調は朝日新聞ばかりではないやうなので、こうしたマスコミの論評を批判したい。

 ●原告主張を特集で詳述
 朝日新聞によると、原告側の主張は以下のやうなものだ。
 まず、成立した安保法が集団的自衛権の行使を認めたことによつて、他国が攻撃された場合まで自衛隊が出動することになるとし、これは必要最小限度で認められる武力行使を越えてをり、憲法9条違反だと訴えた。
 また、安保法の成立によつて、戦争に巻き込まれる可能性が飛躍的に高まつたので、憲法の認める平和的生存権が侵害された。これは幸福追求権といふ人格権の侵害でもある。
 さらに、安保法は実質的な憲法改正であり、憲法96条が定める改正手続きに従はない改正であるから、国民は憲法改正についての意思表示、知る権利を奪われたといつた主張である。
 判決は、安保法に言及せず、平和的生存権や、ここでいふ人格権は、裁判の対象となる具体的な権利ではないとのことで、原告の請求を棄却したとのことである。客観的に戦争などの恐れが切迫したとは認めがたいとし、96条についても権利を保障する趣旨の条項ではないと述べたとのことである。

 ●独りよがりの一方的非難
 この判決に対して、朝日新聞は、「政治の領域 踏み込まない司法」「国民の懸念よそに『権利の侵害ない』」「改憲に向かう今こそ『殻』破れ」などの大見出しを掲げたほか、前橋地裁と横浜地裁での同種裁判においては、元内閣法制局長官の宮崎礼壹氏が証人として出廷し、安保法は「一見して明白に違憲」と証言したことなどを紹介して、東京地裁の判決を非難してゐる。
 11月21日付の西日本新聞も「司法は逃げずに判断示せ」と題する社説を出してゐる。しかし、平和的生存権やここでいふ人格権は、裁判の対象となる具体的な権利ではないことは明らかであつて、これらから安保法違憲を求めるのは無理であり、独りよがりの一方的な非難である。
 そもそも、西修駒澤大学名誉教授が主張されるやうに、憲法9条2項の「前項の目的」や66条2項の立法過程を踏まへた素直な法律の文理解釈から、軍隊を持つことも集団的自衛権も違憲ではないと私は考へてゐる。
 9条1項で、侵略戦争はできないが自衛戦争は認められる(これは通説でもある)。この目的のために(前項の目的)、陸海軍などの戦力は保持しない、だから軍隊は認められる。軍隊が認められるのであるから、現役の軍人は、内閣総理大臣や大臣にはなれない。これが素直な文理解釈である。

 ●元長官に解釈権あるのか
 現在の憲法学者の多数説や、政府解釈でさへもわかりにくいだけではなく、誤つてゐる。もし、裁判所が私のやうな解釈をとつて、「殻」を破つて、安保法どころか、我が国が普通の軍隊を持つことも合憲であるといふ判決を出したとしたら、朝日新聞は何といふだらう。西日本新聞も「司法が逃げないで立派な判断を示した」といふだらうか。
 ここで、元内閣法制局長官の話が出たので、述べておきたい。11月27日付の東京新聞に、阪田雅裕元法制局長官の、憲法上、我が国に核武装の余地はないといふインタビュー記事が掲載されてゐる。現在の我が国に「政策上」核武装の余地はないといふなら理解できるが、「憲法上」の問題といふのは間違ひだらう。私は我が国が今直ちに核武装をせよと主張するのではないが、憲法上は禁止されてはゐないと思つてゐる。
 安保法についてもさらには憲法についても、元法制局長官が解釈権を持つてゐるかのやうにマスコミが持ち上げる風潮はいかがなものか。