日本のマスコミはまったく取り上げないが、韓国の国会で与野党間の激しい政争が起きている。与党が群小野党と組んで議決を強行しようとしている2つの法案が成立すれば、韓国は全体主義体制に入ってしまう。すなわち、連動型比例制への選挙法改正と、文在寅政権が検察改革の核と位置付ける高位公職者犯罪捜査処(公捜処)新設法である。これに強く反対している野党第一党、自由韓国党の黃教安代表は11月20日から8日間、寒空の下、青瓦台(大統領官邸)前の広場で路上断食を行い、意識を失って病院に担ぎ込まれた。
両法案は、今年4月と5月に自由韓国党が実力で議場を封鎖するなどの抵抗を示す中、「ファスト・トラック(迅速処理)指定」の議決がなされ、11月27日に選挙法改正案、12月3日には公捜処法案が、それぞれ本会議に付議された。付議されると議長は職権で上程、議決を強行できる。
●左派政権の永続性目指す
なぜ両法案が全体主義への道を開くのか、まずはそのことを説明したい。選挙法改正案だが、現行制度では計300議席の割り振りとして小選挙区253議席、比例47議席の並立制になっているが、改正案では小選挙区を225議席に減らして比例を75議席に増やす。その上で比例分については群小野党に有利な50%連動型を導入する。
小選挙区では立候補者の名前を、比例では党名を書くが、改正原案では75議席の比例配分を決めるにあたっては、第3党以下に有利になるような複雑な計算がなされる。(※1)
ここで注意すべきは韓国政界の政党分布である。
国会は定数300だが、現時点では欠員が3あり、過半数は149だ。与党の左派、共に民主党は129で過半数に届かない。
これに対して野党は、自由韓国党108、正しい未来党(反主流派)15、正しい未来党(主流派)9、正義党6、代案新党8、民主平和党5、ウリ共和党2、民衆党1となっているが、正義党と民衆党は与党とともに過激な親北左派だ。正しい未来党(主流派)、民主平和党、代案新党も左派が圧倒的に強い全羅道を基盤とする地方政党で、やはり左派に分類される。これらが議席を増やせば、左派政権が長期に維持される危険性が高まる。
正しい未来党(反主流派)は、朴槿恵政権与党のセヌリ党から派生したなかでも弾劾に賛成した中道指向の議員らが中心で、自由韓国党よりは左に位置する。
文在寅政権について、憲法と国是である反共自由民主主義に反する独裁政権と位置づける保守政党は、自由韓国党とウリ共和党しかない。
したがって、第3党以下が有利になる選挙法改正が成立すれば、与党の共に民主党は若干議席を減らすものの、他の左派政党と全羅道が基盤の地方政党が大幅に議席を増やすとみられ、憲法改正ラインの3分の2を確保する可能性が出てくる。そうなれば、文大統領が目指す連邦制による北朝鮮との統一も可能にする憲法改正が現政権の任期中にもあり得る。保守派が強い危機感を抱いている理由もそこにある。
●大統領直属の捜査機関設置
もう一つの公捜処新設法案は、大統領直属の組織として高位公務員だけを対象にした捜査権と起訴権を持つ第2検察ともいうべき高位公職者犯罪捜査処を新設するという内容だ。対象には、判事と検事の全員と、将軍以上の軍人が含まれる。(※2)
公捜処は憲法に規定がある検事総長や法務部長官の指揮に属さないことや、軍法会議で裁かれる軍人をも捜査対象にしていることなどから、憲法違反であると多くの法学者が指摘している。
現在、検事総長の指揮の下、検察は文大統領の側近らによる2つの重大な不正疑惑事件を捜査している。1つは、元釜山市副市長が金融監督委員会に在職時、関連金融機関から多額の賄賂を受け取っていたというものだ。元副市長は文大統領を「兄貴」と呼ぶほど親しい関係で、文大統領の側近が捜査を妨害したとして、検察は大統領官邸を家宅捜索している。
もう1つは、昨年の統一地方選での蔚山市長選に絡む事件だ。文大統領の側近が与党の新人候補を勝たせるため、選挙戦中にもかかわらず現職市長の側近の不正を捜査せよと警察に指示し、世論をひっくり返して現職市長を落選させたという疑惑だ。
現在の国会議席の配分だけから見ると、選挙法改正案を与党が先に採決するならば、第3党以下の多くは公捜処新設法にも賛成する見通しで、採決が強行されれば両法案とも可決される公算が大きい。
そうなれば、反共自由民主主義を守る立場の保守側が再度、政権を奪回する可能性は限りなく小さくなる。文在寅政権の不正を操作している現在の検察も公捜処の捜査対象となり、力を失うだろう。
自由韓国党は通常国会の会期末である12月10日まで無期限討論を申請して議決を防ぐ構えだ。しかし、国会法によると無期限討論がなされた法案は次の国会会期では迅速に採決されることになっている。このため与党側は通常国会で議決できなくとも、速やかに臨時国会を開いて両法案などを採決する方針を固めており、第3党以下と協議を進めている。
先に述べたように、第1野党自由韓国党は、黃教安代表が命がけのハンストを行うなど徹底抗戦を展開している。毎週土曜日には文大統領の辞任を求める保守派の集会が数万人規模で繰りかえされている。しかし、残念ながら両法案に反対する国民の声は、曺国氏の法相辞任を求めて50万人を大きく超える人々が2回もソウル中心部に集結した10月ほどには盛り上がっていない。
このままでは、ワイマール憲法下で国会を通じて「合法的に」全体主義体制を構築したナチスドイツのように、韓国でも全体主義体制が出来てしまう恐れがある。韓国の反共自由民主主義体制を守る良識の力がどこまで発揮されるのか、見守り続けたい。
<注>
(※1)全国での比例投票で決まる各党の獲得比率に連動性反映率をかけて、配分率を求める。
たとえば第1党が、小選挙区で120とり、比例で獲得比率が35%だった場合、総議席数300かける0.35で105となるが、小選挙区ですでに105より多い120を得ているから、その党は比例の第1次配分はゼロとなる。
一方、第3党以下で小選挙区10、比例で10%だった場合、300かける0.1の30から小選挙区獲得の10を引き20となるが、50%連動型の場合はそれに0.5をかけた10が第3党の比例における第1次配分となる。
つまり、比例第1次配分では小選挙区で有利な第1党と第2党は配分ゼロとなる可能性が高く、その分、第3党以下の群小政党が有利になる。
比例の第1次配分が終わった後、残りの比例議席を第2次配分するが、その際はより一層複雑な計算になる。全国を6つの圏域(ソウル、京畿・江原・仁川、忠清南北・大田、全羅南北・済州・光州、慶北・大邱、慶南・釜山)に分け、圏域ごとに比例の各党獲得比率を使って残りの比例議席を分配する。また、比例名簿の偶数順位に小選挙区候補の重複立候補を認め、その党の配分議席内において惜敗率で当選を決める―などとされている。
なお、改正原案通り可決された場合、小選挙区が大幅に削減されるため、小選挙区選出の与党議員らは強く反発している。このため、定員を1割増やす案も議論されたが、世論の反発が強く、現時点では小選挙区を3だけ減らして小選挙区250、比例50とし、連動性反映率を0.3まで下げる修正案などが与党と第3党以下との交渉で話し合われている。
(※2)公捜処の捜査対象は次の通り。大統領、国会議長及び国会議員、大法院長(最高裁長官)と大法官(最高裁判事)、憲法裁判所長と憲法裁判官(判事)、国務総理(首相)と国務総理秘書室所属の政務職公務員、中央選挙管理委員会の政務職公務員、中央行政機関の政府職公務員、大統領秘書室・国家安保室・大統領警護処・国家情報院の3級以上公務員、国会事務処・国会図書館・国会予算政策処・国会立法調査処の政務職公務員、大法院長秘書室・司法政策研究院・法院公務員教育院・憲法裁判所事務処の政務職公務員、検察総長、特別市長・広域市長・特別自治市長・道知事・特別自治道知事・教育委員長、判事と検事全員、警務官以上の警察公務員、将星級将校、金融監督院長・副院長・監事、監査院・国税庁・公正取引委員会・金融委員会3級以上公務員。