公益財団法人 国家基本問題研究所
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国基研ろんだん

2019.12.10 (火) 印刷する

「捕らぬ狸」の日米貿易協定を斬る 細川昌彦(中部大学特任教授)

 日米貿易協定が国会承認を経て来年発効する。焦点の一つは米国が日本の自動車・自動車部品にかけている関税の行方だったが、日本は結局、撤廃を実現できなかった。 
 日米両国の間で「自動車関税の撤廃について更なる交渉をする」と付属文書で明記された。日本政府は「合意は自動車関税の撤廃を前提としており、今後、撤廃時期などを交渉する」と説明している。しかし、それは強弁にすぎるだろう。

 ●WTOルールの空文化に先鞭
 政府は今回の合意について、関税撤廃率を計算し、米側で92%、日本側で84%だと発表して胸を張っている。自動車関税の撤廃を前提にしないと、自由貿易協定(FTA)交渉では関税撤廃率90%を目安とするという世界貿易機関(WTO)ルールに違反することになるからだ。
 しかし米国の理解は違う。自動車関税の撤廃について米国は「この協定には含まない」と明言している。にもかかわらず日本政府が、経済効果についても米国による自動車関税撤廃を前提に計算していることは「捕らぬ狸の皮算用」というほかない。
 撤廃時期を明記しなくてもよいのならば、WTOルールの「抜け道」となりかねず、他国も同じやり方をするだろう。結果的に日本がWTOルールの空文化に先鞭をつけることになってしまう。そして今後、他国とのFTA交渉において、日本は高い水準の関税撤廃率を強く要求できなくなる。
 日本政府は今回の日米貿易協定を自画自賛するが、他の先進国の関係者からは冷ややかに見られているのが実情だ。
 日本は米国に安全保障で依存していることから、貿易交渉では譲歩せざるを得ない宿命にあることは確かだろう。とりわけ、予測不能なリアクションを示すトランプ大統領をなだめすかすこともやむを得ない事情としてあったかもしれない。

 ●政府は姑息な言い訳やめよ
 ただ、そうした譲歩にも越えてはならない一線がある。それは日本が唯一の砦とする「ルールの遵守」だ。中途半端な国内市場しか持たない日本は、米国、中国のような巨大な国内市場を背景にしたパワーゲームはできない。そうした日本が、自らルールを空洞化、形骸化させるようでは国際社会の信頼を得られなくなる。
 日本の自動車業界も、米国からの25%の制裁関税を回避できるなら、2.5%の現関税率を撤廃できなくとも、それほど大きなダメージはないとの判断だった。ビジネスとしては正しい判断だったかもしれないが、政策としてどうだったかは別の問題だ。国会を乗り切るために譲歩したことを「強弁の解釈」で取り繕うのもいただけない。
 国民に“日米FTAアレルギー”があることから、FTAという言葉を避けるためにTAG(物品貿易協定)という耳慣れない用語を引っ張り出してみたり、関税の撤廃時期を明示しなくてもWTOルール上は許される、といった都合のいい解釈をしてみたり……そうした言い逃れの知恵を出さざるを得ない官僚たちの心の内を想うと正直切なくなる。今、日本政府に必要なことは、事実をしっかり国民の前に提示し、堂々と判断の是非を問う姿勢ではないだろうか。
 日米交渉は来春以降に「第2ラウンド」に入る。「撤廃が前提」と大見えを切ったからには、撤廃時期を明示させて、単なる強弁ではないことを証明すべきだろう。