公益財団法人 国家基本問題研究所
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国基研ろんだん

2020.04.16 (木) 印刷する

コロナ禍もしたたかに利用する中国 山田吉彦(東海大学教授)

 4月8日、中国海警局の警備船4隻が、尖閣諸島周辺の我が国領海に侵入し、海上保安庁の警告を無視して約1時間40分間にわたり航行した。中国公船の領海侵入は、今年に入り6回目であり、接続水域内には毎日のように姿を見せている。
 中国にとっては、自国を震源として世界中をパンデミックの恐怖に陥れている新型コロナウイルスの禍さえ、海洋強国樹立の目論見には、何ら影響を与えるものではないようだ。むしろ、コロナ禍による世界経済の停滞を利用し、中国中心の国際秩序の構築に向け、新たに動き出しているようにさえ思える。

 ●一足先に経済活動を再開
 中国のコロナ禍からの立ち直りは早い。4月8日午前零時、2か月半にわたり続いた感染症の震源地である武漢市の都市封鎖を解除し、同市の企業の稼働状況は、ほぼ回復していると発表した。
 4月12日の中国側の発表によれば、中国国内の感染者数は8万2052人で前日比99人の増加にとどまったが、そのうち97人は国外からの渡航者だという。中国の感染者数には無症状者が入らないなど、そもそも信憑性に疑問が持たれてきたが、中国当局としては、既にコロナ禍を抑え込んだと言いたいのだろう。
 日本の大手シンクタンクの報告によると、中国の新型コロナウイルスの流行は4月には終息し、5月末には実質GDP成長率も回復基調に転じるという。2020年通年の実質GDP成長率予測もプラス1.5%であり、前年からは大きく減少するものの、日本のマイナス2.5%などに比べると、痛みが少ないことになる。米国およびユーロ経済圏の経済が通常に戻るのは、まだまだ先のことになりそうだが、中国は一足先に国際的な経済活動に入り、主導権を握るというわけだ。

 ●海洋進出の手は緩めず
 近年、中国は、大幅な対米貿易黒字の是正を求める米国による経済制裁に苦しんできた。しかし、米国の国内外の経済活動は、コロナ禍により停滞している。中国は、その隙に外資系企業に中国の社会・経済の回復をアピールし、サプライチェーンの再構築を目指しているようだ。
 とりわけ、5G(次世代通信網) 関連、AI(人工知能)を利用した産業など、新たな産業分野での優位性を高めようとしている。中国の経済が世界に先駆けて回復に向かえば、世界中の行き場のないマネーが流入することになる。むしろ、中国当局による国内での強引なコロナ禍対策は、先を見越してのことだったとも考えられる。
 海洋進出にあたっても中国は、その手を緩めてはいない。中国共産党は、国民を救う感染症対策と国家の基本方針による行動は別物と考えているようだ。今月2日、ベトナムと中国の両国が管轄権を主張する南シナ海のパラセル諸島(西沙諸島)の周辺海域で、ベトナム漁船1隻が中国の警備船「海警4301」から体当たりを受け沈没し、2隻の僚船が拿捕される事案が起こった。
 今年のASEAN(東南アジア諸国連合)議長国はベトナムである。その議長国への挑発ともいえる行動は、ASEANと中国との間で懸案となっている「南シナ海行動規範」の議論は、協調ではなく中国主導の流れを押し通す意思表示とも受け止められる。
 南シナ海の安定は、当面、先送りになることだろう。その間に南シナ海に築いた人工島における中国の拠点整備は、着実に進められているのだ。
 また、東シナ海では前述のように海警局の動きは続いている。中国は台湾の周辺に爆撃機や戦闘機を飛ばすなど、軍事行動を強化している。

 ●日本も安保上の備え怠るな
 中国の海洋侵出に歯止めを掛けたい米国は「セオドア・ルーズベルト」や「ロナルド・レーガン」など空母4隻の艦内で新型コロナウイルスの感染が発生するなど展開能力が懸念されているが、そんな状況を払拭するかのように、10日から11日かけて米国海軍のイージス駆逐艦「バリー」が台湾海峡の大陸と台湾島間の中間線の中国寄りを通過した。
 中国は、対抗するかのように、11日夕刻、中国海軍の空母「遼寧」がミサイル駆逐艦など5隻を従え、沖縄本島と宮古島の間の海域を通過し、太平洋に出たことが確認されている。中国の海洋侵出の手は緩められることはない。コロナ禍の中でも粛々と続けられ、さらに、この機に乗じて躍進しようとしているようだ。
 さらに中東に目を向けると、米国とイランの軍事的な緊迫、サウジアラビアとロシアの石油価格をめぐる対立など、いつ戦乱に発展してもおかしくない状況だ。そんな状況下においても、日本人の使う石油を運ぶタンカーは危険海域を通航している。
 我が国の政治は、新コロナ対策一辺倒になっているように見える。もちろん、それは最重要課題である。しかし、日本人の暮らしを守るためには、安全保障に疎かにしてはならない。
 中国のしたたかな狙いを肝に銘じ、コロナ禍が去った後の外交、防衛をはじめとした対応策を準備しておかなければならないのだ。