公益財団法人 国家基本問題研究所
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国基研ろんだん

2020.05.01 (金) 印刷する

行政区新設で加速する南シナ海の中国支配 黒澤聖二(国基研事務局長)

 中国国務院が南シナ海のスプラトリー(中国名・南沙)諸島とパラセル(同・西沙)諸島を管轄する新たな行政区として、南沙区と西沙区を設置すると発表した(新華社北京4月19日)。
 中国の行政区分には大きく省、自治区、直轄市などがあり、今回はその一つである海南省の下で、南シナ海の島嶼群を管轄する海南島の三沙市(8年前に新設)に、新たな行政区が設けられたことになる。

 ●神経尖らせる近隣諸国
 国務院によると、西沙区はパラセル諸島のほか、中沙諸島の管理を代行する。西沙区の人民政府は永興(英名ウッディー)島に、南沙区は永暑(英名ファイアリークロス)礁におかれ、島嶼の管理を強化する。
 他方、南シナ海の島嶼群に関する周辺国間の紛争では、重要な国際法上の審判が2016年7月にあった。フィリピンが提起した海洋法上の仲裁裁判で、その判決では、南シナ海は歴史的に中国の支配下にあったという中国の一方的主張(九段線の議論)に対し、海洋法に反し認められない、と一蹴した。
 これに対し中国は、判決を無視し続け、4年が経過しようとしている。その間、実力行使の手を緩めることはなかった。人工島を造成し続け、3000メートル級の滑走路を持つ飛行場には、戦闘機や対空ミサイルを配備し、軍事拠点化を着々と進めてきた。
 今回の行政区の新設は、行政上の国内手続きであり、いまだ島嶼の領有が国際的に承認されていない状況においては、対外的な効力は持たないだろう。だが、地方にある末端の行政組織が整備されることで、中央政府による実効支配が強化されるという意味は大きい。
 中国の行政区新設を受け、南シナ海で島嶼領有権を主張するフィリピンやベトナムは、抗議の声を上げた。特にベトナムは4月2日、パラセル諸島近くで、中国海警局の公船がベトナム漁船に体当たりして沈没させる事案が生起したこともあり、神経をとがらせている。

 ●法の秩序回復にプレゼンス必要
 加えて、海洋の自由航行を維持するため、米国をはじめ英仏豪が艦船等を派遣し「航行の自由作戦」を展開してきたが、ここにきて中国武漢を起源とする新型コロナウイルスの感染が米空母を直撃し、米海軍の戦力低下を招くという事態が生起した。
 このような中国の動きを、南シナ海に一時的に生じた力の空白に乗じた「火事場泥棒」(4月26日、産経新聞)と非難することも可能だが、ことの本質は、火事場であろうとなかろうと、着々と自国の権益を拡大させる国が、わが国の隣国であるという現実だ。
 東シナ海のわが国尖閣諸島の領海には、コロナ禍の最中にもかかわらず、中国海警局の艦船が侵入を繰り返している。
 南シナ海で傲慢な腕力を振るう中国に対しては、これまで民主的解決を望む様々な取り組みがあった。だが、東南アジア諸国連合(ASEAN)の枠組みや、その成果である南シナ海行動規範(COC)は実効性を欠き、だらだらと無益な時間を過ごすうち、中国の実効支配は進んでしまった。
 ここにきて米海軍は航行の自由作戦として、4月28日にミサイル駆逐艦バリーがパラセル諸島付近を、翌29日にはミサイル巡洋艦バンカーヒルがスプラトリー諸島付近を、それぞれ連日通航しプレゼンスを示している。海洋における法の秩序を回復するためには、米国のように常に実力を示しておく必要がある。くどいようだが、南シナ海はわが国の命脈であるシーレーンが通る。わが国こそ、可能な限り積極的に関与すべきではないか。