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2020.05.07 (木) 印刷する

手術後も不安抱える金正恩 西岡力(国基研企画委員兼研究員・麗澤大学客員教授)

 北朝鮮の独裁者、金正恩委員長が5月1日、20日ぶりに公の場に姿を現した。正確に言うと北朝鮮公式メディアが2日、前の日に平安南道順川で行われた肥料工場の竣工式に金正恩が出席した際の写真と動画を伝えた。
 若干、左足が不便なようだったのと、顔にむくみがあったように見えた。たばこを吸う場面もあり、少なくとも重病人には見えなかった。
 ただし、動画では金正恩の右腕に傷跡のような黒い点が見えた。心臓のステント手術を受ける場合、腕の血管からカテーテルを入れるので、その手術痕の可能性がある。4月11日の写真では同じ場所に傷跡はない。ただし、傷跡の位置が手術痕にしては上すぎるなどの指摘もある。
 私は4月27日の「今週の直言」で、信頼筋の情報として「4月12日に心臓の手術を受け、東部・元山の特閣(専用別荘)で療養している。元気な姿を公開できるほど回復してもいない」と書いた。金正恩が姿を現した現段階でも、その見方は変わっていない。すなわち、「心臓の手術をして回復して姿を現した」という判断だ。

 ●在外公館も業務一時停止
 一方、韓国政府は、手術もなかったという見方を示している。6日に国家情報院が国会で「心臓手術または施術は受けていないと把握している」「公開活動をしない時も正常に国政運営をしてきた」と説明したが、国政運営は正常ではなかった。
 4月中旬頃から海外の北朝鮮大使館、総領事館の業務は停止し、外交官、国家保衛省の要員には自宅待機と外部との接触禁止が命じられた。その上、本国から指示が来ないので、外交官などは、ただ自宅で何もせずに過ごしていたという。
 また、国内でも地方党委員会に毎週下達される金正恩の方針に異常があった。
 北朝鮮では毎週1度、水曜日か木曜日に党中央から各地方党委員会への金正恩の方針が下達され、金正恩のお言葉を引用して「●●しなければなりません」(■月▲日お言葉)という形で7~10項目の方針が下りてくる。
 4月の2週目は10項目の方針が下りてきた。ところが3週目と4週目には下達がなかった。5週目にはたった3項目だけで、「平壌総合病院関連支援強調」など日付のない箇条書きの指示だった。金正恩から新たな指示がないので、過去の指示の中から当たり障りのないものを選んだという印象だ(デイリーNK、4月29日)。

 ●与正の序列が異例の上昇
 もう一つ、手術があったことを示唆する材料がある。金正恩の妹である金与正の地位が破格の速度で上昇していることだ。
 すでに今年に入り「尊敬する金与正同志の指示文」という命令文書が出回っており、警護も金正恩とほぼ同格になっていた。今回の竣工式では、彼女を序列4位という破格の扱いをした。式のひな壇には金正恩を中心に6人の幹部が座っていたが、金正恩の向かって左隣の2位の席には政治局常務委員の朴奉珠、その左の序列4位の席が与正だった。
 与正は政治局委員候補だが、彼女の左の6位の席には政治局委員である金徳訓がいた。つまり与正の序列は、政治局委員よりも上位ということだ。今回、心臓の病気で手術を受けた金正恩は自分の寿命がそれほど長くないことを悟って、与正に独裁権力の一部を譲る準備を急いだ表れとも分析できる。