松田康博・東京大学教授は7月10日、国家基本問題研究所企画委員会において、「台湾・蔡英文政権2期目の課題」と題して台湾に関する諸課題について講話し、その後、櫻井よしこ国基研理事長をはじめ企画委員らと、意見交換をした。
まず台湾をめぐる問題を見る時、「自立と繁栄のディレンマ」があることを念頭に置いておきたい。それを前提に、米中関係で左右される政治の流れを追った後、コロナ対策を含めた現状について付言する。
2001年、中国がWTOに加盟して世界の工場化した時期、陳水扁政権(2000~2008)は自立重視だったが、米国が対テロ戦争に注力する間に台湾は孤立する。すると、繁栄を求める台湾は対中貿易依存に舵を切る。次の馬英九政権(2008~2009)では、繁栄を重視し対中往来を加速させるが、それでは中国に近すぎるという批判が起こる。具体的には、以下の事例が見られる。
台湾では、自分が台湾人であるか、中国人であるかというアイデンティティ調査が毎年行われる。それによると、2008年までは、台湾人だという人と、両方だという人の割合が拮抗していたが、それ以降、台湾人意識が急伸する。これは、馬英九政権で中国人の来台者が増え、実際の大陸人を目の当たりにした若い世代で、言葉も考え方も違うということが明白に意識されたことが大きい。
その流れを汲み、1期目蔡英文政権が誕生するが、年金改革などで人気を落とし2018年の地方選挙で歴史的な惨敗をする。ここから、2020年の第2期蔡英文政権の誕生という奇跡の大逆転が起きる。
その大きな要因は、やはり中国と米国である。習近平重要講話(2019.1)の中で、台湾に対し一国二制度の台湾版を呼び掛けながら、武力行使を放棄しないと明言する。これに対し、蔡英文政権は、きっぱりと拒絶した。加えて、香港問題では毎週警察の暴力を目撃し、「次は台湾」という危機感の中で、香港への同情と支援の姿勢を示し、台湾の民主と自由を守る決意を表明した。これらのタイミングで、蔡英文への支持率は上昇した。
さらに米国が、対台湾武器供与(M1A2エイブラムス戦車やF16V戦闘機)、台湾優遇法制度(2018年の台湾旅行法、2019年の台湾再保証法案)などで、台湾支援の姿勢を強化したことも、蔡英文を後押しした。
さて、現状において注目すべきは、台湾のコロナ対策である。7月9日現在で、感染者449名、死者7名という。市民は基本的に通常に近い生活で、当局の感染症対策評価も97.2%ある。これは、前回経験したSARSで、世界で2番目に多い死者700名を出したときの貴重な教訓のおかげと言える。今回特に際立つのは、初動対応が群を抜いて早かったことだ。昨年12月31日には、台湾の衛生当局がネット上の噂話の解析で武漢での異変を察知し、武漢からの航空便の検疫などを実施。1月2日には、行政院が緊急対応グループを設置し、2月25日には緊急の経済対策を打ち出している。
これらの結果として、コロナの封じ込めに成功した政権への信頼も高い。2期目の蔡英文政権は、政権人気の下で内政に注力すると予想される。産業の構造改革や雇用対策、社会保障制度改革を進め、先進的TPP協定への加盟に挑戦する可能性もある。
他方、今後中台関係が改善する要素は見当たらず、米国新政権の出方次第ではさらに不安定化する懸念も拭えない。
【略歴】
昭和40年、北海道出身。麗澤大学外国語学部中国語課卒業。東京外国語大学大学院地域研究研究科修士課程修了。慶應義塾大学大学院法学研究科政治学専攻博士課程単位取得退学、博士(法学)。防衛庁防衛研究所主任研究官、内閣官房副長官補(安全保障・危機管理担当)付参事官補佐などを経て東京大学東洋文化研究所教授。
主な著書は、『台湾における一党独裁体制の成立』(慶應義塾大学出版会)、共著『日台関係史-1945~2008』(東京大学出版会)、共著『5分野から読み解く現代中国-歴史・政治・経済・社会・外交-』、共著『現代中国ゼミナール-東大駒場連続講義』(2020年、東京大学出版会)など多数。
(文責 国基研)