公益財団法人 国家基本問題研究所
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国基研ろんだん

2020.10.05 (月) 印刷する

中国を喜ばせた米国政治の劣化 冨山泰(国基研企画委員兼研究員)

 トランプ米大統領の1日も早い回復を願うが、トランプ氏の新型コロナウイルス感染により10月15日の第2回大統領候補討論会が中止になりそうなのは、米国の民主主義にとって良いことである。そう思えるほど、9月29日の第1回討論会はひどかった。世界の自由民主主義陣営のリーダー、米国の政治の劣化に、中国がほくそ笑んでいる。

大混乱の大統領候補討論会

通信社の特派員として1980年のカーター大統領(民主)とレーガン候補(共和)の戦いを取材して以来、米大統領選を観察するのは11回目だが、今回ほど大混乱に陥った討論会はない。ルールを無視して相手の発言を大声で遮り、汚い言葉で相手をののしり、侮辱する。そこには対立候補への敬意のかけらもない。実のある討論は皆無だった。非は大部分トランプ氏にある。米国のマスコミが数えたところ、90分間の討論で共和党現職のトランプ氏は71回も発言妨害をした。防戦したバイデン民主党候補は21回だったという。

米国が国際問題で自由世界のリーダーとして行動することを嫌がるようになって久しい。オバマ前大統領(民主)の時代からその傾向はあり、トランプ氏の「アメリカ第一」がそれに拍車をかけた。しかし、民主主義の価値観を体現する国家としての米国の自負は、これまで揺らがなかった。米国は「光り輝く丘の上の町」を自称し、米国社会こそ世界の模範であると誇った。その誇りが今回の討論会で怪しくなった。自分と異なる意見の表明を妨害するのは民主主義の理念と相いれない。テレビの娯楽番組を見るような感覚で討論会の大混乱を楽しんではならない。

体制間競争でオウンゴール

折から世界では、日米欧を軸とする自由民主主義陣営と、中国など独裁主義国家の体制間競争が始まり、ますます激しくなろうとしている。コロナウイルスの発生源としてすねに傷のある中国は「マスク外交」に続き、自ら開発したワクチンを友好国にばらまく「ワクチン外交」を間もなく開始し、アジア、アフリカの国々を勢力圏に取り込もうとするだろう。

米国政治の劣化は、体制間競争において、独裁主義より自由民主主義が優れていることを主張できなくする。米国にとって討論会の混乱は、サッカーでボールを味方のゴールにけり込んで敵に得点を与えるオウンゴールのようなものである。

中国共産党系の新聞、環球時報の胡錫進編集長は討論会の直後、ツイッターに「米国の政治体制の優位性が加速的に失われている」と書き込んだ。米国の混乱を喜ぶさまが目に浮かぶ。

トランプ氏は討論会で、11月3日投票の大統領選挙で敗れた場合に、選挙結果を受け入れるか明言しなかった。トランプ氏の健康が回復して予定通りバイデン氏との一騎打ちとなれば、大統領選で両候補とも勝利を宣言する異常事態も起こり得る。そうして米国政治の混迷が深まれば、中国の思うつぼである。

中国政策に限って言えば、バイデン氏よりトランプ氏の方が強硬で、尖閣諸島を中国に奪われる危険に直面する日本にとってトランプ氏は良きパートナーである。しかし、そのトランプ氏の言動が中長期的に中国を利するなら、皮肉としか言いようがない。